相続した港区の高級マンションには「父の愛人」が…
年老いた親が旅立ち、葬儀を執り行うまでは、子どもをはじめとする家族・親族は悲しみもそこそこに、大変なあわただしさの中に置かれることになります。しかしその騒乱が一段落すると、目の前にはさまざまな現実が広がります。相続にまつわる協議や手続きはもちろんですが、故人にまつわるトラブルが露見することも少なくありません。
今回は、お父様を亡くされた40代会社員の男性、Aさんの事例をご紹介します。
数ヵ月前、Aさんのお父様が亡くなりました。残されたご家族はAさん、お母様、つまりお父様の配偶者と、Aさんの弟さんの3人です。
実業家だったお父様は亡くなる数年前に、オーナーをしていた輸入品販売会社を売却して多額のキャッシュを手にしていたほか、都内に複数の収益不動産も所有していました。
しかし、所有する不動産のうち、港区の一等地にある高級マンションには、Aさんのお父様が長く付き合っていた愛人のBさんが、いまも住んでいるのです。この物件はすでにAさんが相続することになっており、AさんはBさんに早く出て行ってほしくて仕方がありません。
「今日おうかがいしたのは、父の愛人だったBさんが住んでいるマンションの件です。早く引っ越してほしいのですが、『わかりました、引っ越します』といいながら、数ヵ月たった現在も、まったく出て行く気配がありません。何らかの法的手段、もしくは強制力のある対応はできないものかと思いまして…」
「なるほど…。失礼なことを申し上げますが、お父様は晩年、この女性とそのマンションで暮らしていたのでしょうか?」
「…はい、そうです。杉並の自宅には、ほとんど帰ってきませんでした」
相続人からの明渡請求を棄却した例も!?
このケースのように、お父様所有の不動産で、お父様とその内縁の女性、Bさんが暮らしていたということであれば、お父様とBさんの間には黙示の使用貸借契約が結ばれていたと認定される可能性があります。
そのように認定されると、Bさんは「使用借権」という権利をもって居住を継続することができ、その使用貸借契約が終了するまで、原則居住し続けることが可能なのです。
使用貸借契約は、貸主の死亡によってただちに終了するわけではありません。まず、期間の定めがあれば、その期間満了まで続いたあとに期間満了となり終了しますが、Aさんのお父様のような場合は、わざわざ期間の定めをしているとは考えにくいでしょう。
期間の定めがない場合、
●使用収益の目的の定めがあったか
●目的どおりの使用収益があったか
●目的どおりの使用収益をするのに足りる期間が経過したか
といった判断基準で、「契約が終了しているか・終了させることができるか」を判断していくことになります。
過去の裁判例では、内縁の期間や実態、生前の態度等を総合的に考慮し、内縁の妻が死ぬまでその不動産を無償で使用させる旨の使用貸借契約が成立していたと認定したり、相続人からの明渡請求を権利濫用と認定したりして、相続人からの明渡請求を棄却した例があります。
つまり、内縁の妻側が争ってきた場合には、事情によってはかえって居住の継続が裁判所によって認められる結論になってしまうこともありえるのです。
しかしその一方で、
●そもそも内縁関係にあるといえるのか
●黙示の使用貸借契約が結ばれていたといえるのか
●その目的はどうだったのか
等、事情のいかんによっては、逆に内縁の妻側に使用借権が認められず、「単なる不法占拠」ということになる場合もあります。
その場合は、所有者である相続人は明渡の訴訟を起こして強制執行することで、裁判所の力で追い出すことができます。
引越し代を提供するなど、和解的解決策も選択肢に
今回のケースでは、お父様の内縁の女性であるBさんは「引っ越します」といっています。このように、相手が積極的には争わず立退く方向で検討してくれるのであれば、使用貸借契約を合意によって終了させて、立退いてもらうことも可能かもしれません。
実際問題として、訴訟を起こして強制的に立退かせようとしても、裁判や強制執行には手間も時間も費用もかかりますので、「早期に立退いてもらう代わりに引越代は相続人側が出す」といった和解的解決のほうが合理的なこともあります。
弁護士に詳細な相談すれば、訴訟の行方がどうなるかは、ある程度の見通しが立ちますので、それを前提にどのような交渉が可能であるか、検討することができるでしょう。
感情的になって相手にぶつかったり、甘い見通しを立てて安易な交渉を始めたりしてしまうと、話がこじれ、かえって時間や費用をかけることになりかねないため、その点は十分な注意が必要です。
本間 正俊
多摩区役所前法律事務所 代表弁護士
髙木 優一
株式会社トータルエージェント 代表取締役社長