資産2億円超の富裕層100万人超の中国の購買力
世界における資産5000万ドル(約50億円)以上の「超」富裕層の割合は、米国が7万540人(世界全体の47%)、中国は第2位で1万6,510人、日本は第5位の3,580人となっている(クレディスイス「グローバルウェルス・レポート2018」)。このような数字を見ても、世界の中でも中国の存在感は大きな位置を占め、日本との経済力の差は歴然という印象である。
ただ、この7月に発表された4~6月期の中国の実質GDP(国内総生産)のデータによれば、成長率は6.2%となり、1992年の統計が始まって以来最も低いものとなった(日本と比較してその水準は高く見えるが)。このような数字を根拠として、昨年から今年にかけて成長鈍化が懸念される報道が増えているのもまた事実である。
しかし実際、北京や上海に行った日本人旅行者が驚くことのひとつが、道行く高級外国車の数の多さであろう。アウディやBMWあるいはメルセデスの高級車はいうにおよばず。ランボルギーニやロールスロイスといった「超」高級車の数は、東京の山の手界隈の比ではなく目にするはずだ。鈍化したといえど、まだまだ中国の経済成長は力強く、資産2億円超の富裕層が100万人超といわれる中国人民の購買力は衰えていない。
例えば2018年メルセデスブランドでの全世界の販売台数231万185台中、中国での販売数は65万2,996台と全体の実に4割近くを占めているのだ。ちなみに2018年度(2018.4~2019.3)の日本におけるメルセデスブランドでの新規登録台数は6万6,948台である(日本自動車輸入組合)。
しかし、成功者の証としても知られる高級自動車メーカーのフェラーリ(Ferrari)となると話は少し違ってくる。発表されている2018年の世界新車販売数(※出荷ベース)は9,251台である。欧州や中東、アフリカが4,227台、南北アメリカで3,000台、中国(香港と台湾を含む)は695台となっている。
中国を除いたアジア太平洋地域では1,329台を売り上げているが、このうち日本は最も多く、なんと中国をわずかに上回る767台の販売を記録しているのである。これはどういうことか。
「中国には売らない」戦略をとっている⁉
世界中のどの自動車メーカーも中国における販売を拡大する、あるいはシェアを伸ばすために巨額の投資をしているが、フェラーリの戦略は少し違うようだ。長期にわたるブランディングで自分たちの価値を高め、文化を根付かせるための戦略をとっているのが特徴的で、これらの数字はその表れのひとつともいえる。
例えばクルマ好きにはおなじみの「跳ね馬のエンブレム」。この使用を許可するライセンス&マーチャンダイジングビジネスは、フェラーリの重要な収入源ともなっている。クルマ単体に頼らず、「ブランド」自体を売る、そして価値を上げる戦略である(実際クルマを手に入れられなくても手軽に「あこがれ」が購入できる等)。
では、どのように日本で「フェラーリブランド」は浸透してきたのか。例えば1970年代に巻き起こったスーパーカーブーム。漫画『サーキットの狼』が火付け役となり、消しゴムやカード、そして後楽園などで行われるショーで、小中学生の子どもたちを中心に(主に男子)スーパーカーへの熱狂が広がった。これをきっかけに、外国車が特別なものになったのだ。そして80~90年代のF1ブーム、90年代バブル時代のイタリア車(通称:イタ車。テスタロッサ等が人気に)ブーム……。長い時間をかけて「良き時代」の日本で、外国車およびフェラーリのブランド力が浸透してきたのだ。
職人が手作業で組み上げるフェラーリのクラフトマンシップ(物語)も、モノづくり大国といわれてきた日本人の琴線に触れ、そのブランド価値を高めた要因のひとつであるともいえるだろう。創業55周年を記念して製造、販売されたエンツォ・フェラーリ(2002年発売)を「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした」日本人・奥山清行氏の存在も、フェラーリと日本の特別な関係性、物語性を高めていることは確かである。
このように、日本ではすでにその文化、価値は理解されているという前提で販売戦略が組まれている。一方の中国では、物語と文化が浸透しておらず、その途上にあるという認識がフェラーリ側にもあることが、過去の発言からもうかがえる。喉から手が出るほど欲しく、魅力的な中国市場で、フェラーリが「あえて売らず」、さらにプレミア性を高めるしたたかな戦略をとっているのだ。
しかし、フェラーリが中国より日本で売れているのは事実といえ、その差はわずかに過ぎない。この数字が逆転した時、何が起きるのか。フェラーリの戦略、中国での新たな物語に注目したい。