日本にとっても好ましくない米中関係の冷え込み
日経平均株価は、8月13日の2万1851円(安値)でひとまず底入れとなり、その後は猛反発に転じた。ただし、10月2日の2万4448円(ザラバ高値)に対し、10月26日には2万971円(安値)まで下げている。
先述どおり、米中はお互いに制裁関税をかけ合う措置を発動している。8月23日には、米中がお互いに160億ドル(約1兆7600億円)相当の輸入品に25%の制裁関税をかける措置を発動した。これは、7月6日の発動分と合わせると500億ドル(5兆5000億円)に相当する。
そして9月24日、トランプ政権は約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に、10%の追加関税を課すことが報じられた。これは、対中制裁関税の第3弾目の発動である。これに対し、中国も報復関税を即日実施(600億ドル相当のアメリカからの輸出品に5〜10%を上乗せ)した。
[図表]危険水域に入ったとされる米中の貿易戦争
米中の貿易戦争は、裏を読めば両国の「ハイテク分野をめぐる戦い」でもあるが、トランプ大統領の仕掛けた貿易戦争が、一段とエスカレートしていることに疑う余地はない。ただ、解決策としては中国がアメリカの製品、農産物の輸入を拡大し、人民元の切り上げに踏み切ることが不可欠だと考えられる。
もちろん、米中貿易戦争が激化する背景には、貿易不均衡の問題だけではなく、軍事問題がからんだ両国の覇権争いがある。世界1位の経済大国であり軍事大国であるアメリカと、世界2位の経済大国である中国(軍事力はロシアと僅差の3位)が争えば、どちらに軍配が上がっても世界中が混乱するだろう。
米中がこのまま貿易の報復合戦を続けた場合、両国の貿易量は2割減少、アメリカの経済成長率(GDP)は0.9ポイント、中国のそれは3.2ポイント押し下げられる、と試算されている。
米中による貿易戦争の影響は、統計データにも表れている。中国の対米輸入額を見ても、2018年7月の前年同月比が11%増であったのに対し、8月は2%増と大きく鈍化した。先ほども述べたが、中国経済の減速には注意が必要だろう。
こうした状況は、米中間の関係だけでなく、貿易立国の日本にとっても好ましくない。それに、日本は2019年10月に消費税の引き上げを控えている。参議院選挙もある。景気動向に神経質になるのは当然だろう。
確かに、足元のアメリカ景気は絶好調であり、主力企業は1~3月期、4~6月期と20%を超える増益を続けている。輸入品価格の上昇、インフレは企業の利益を膨らませる効果がある。
一方で、すでに、日本の設備投資は米中貿易戦争を考慮、手控えムードが漂っている。しかし、日本は「漁夫の利」を得る、との説がある。IMF(国際通貨基金)の試算によると、米中が減速するのに対し、日本はGDPが0.02%増加する、という予想を公表している。
ただ、中国は厳しい。アメリカと報復合戦を続ける中国は、景気が急減速している。上海株式市場は底割れの状態だ。ただでさえ、中国国内のインフラ投資が失速したところに、貿易戦争の悪影響が加わる。
実際に、人民元、上海株式相場は大きく下落した。中国政府は必死に買い支えているが、通貨安と株安が同時進行しているのだ。貿易戦争が通貨戦争を引き起こせば、マーケットの混乱に拍車がかかる。
負の連鎖を引き起こした「フーバー・ショック」に学べ
1930年、アメリカのフーバー大統領下で成立した法律がある。悪名高き「スムート・ホーレー法」である。前年の1929年に株式市場で大暴落が起き、これをきっかけに大恐慌が始まると、アメリカの議会には保護貿易を主張する議員が台頭する。
やがて、上院のスムート議員と下院のホーレー議員が、連名で輸入品に高関税を課す法案を提出した。議会を通過すると、フーバー大統領はただちに署名した。この法律によって、農作物だけでなく多くの工業製品に高い関税がかけられた。狙いはもちろん、国内産業を保護するためである。
しかし、その狙いに反して大恐慌は一段と深刻化する。高い関税をかけられたイギリス、フランス、オランダなどの国々が一斉に報復関税をかけたため、結果的に各国の輸出入量が激減したのだった。アメリカのGDPは、ピーク比4分の3に落ち込んだという。
保護貿易と貿易戦争のツケは大きかった。これらは世界市場を縮小させ、企業の生産減少を招いた。それにより、失業者が急増→消費低迷→さらなる生産減少という負の連鎖を引き起こした。「フーバー・ショック」である。
この結果、世界中に大恐慌が波及し、長期化させる事態となったのだ。当時の日本はその余波をまともに受けて「昭和恐慌」に苦しめられた。とりわけ当時の東北における農村の悲惨さは、今に伝えられるところである。これが結果として「二・二六事件」などを引き起こし、その後の軍部の台頭につながる。
時は流れ、90年近い年月が経過したが、トランプ大統領の登場以来、世界的な保護貿易主義の流れが再び高まっている。しかし、アメリカの保護貿易主義は、世界貿易を著しく停滞させ、自らの身にも大きな代償をもたらすだろう。これはまさに、歴史の教訓である。
投資家としては、世界を取り巻く潮流の大きな変化に対応する必要がある。これが、従前より筆者が強く主張してきた「現状を正しく認識し、リスク・マネジメントを徹底せよ」の基本観である。もちろん、トランプ大統領はこのことを十分に理解しているはずだ。少しばかり甘い見方かもしれないが、さすがにフーバー大統領が犯したミスを再び繰り返すはずはないだろう。
為替の水準は「アメリカの意志」が働く?
なお、筆者は米中貿易戦争について、次のような見方を唱えている。すなわち、トランプ大統領が推進している「AMERICA FIRST」(トランポノミクス)は、1980年代にレーガン大統領が断行した「偉大なアメリカの再構築」(レーガノミクス)と似ているのだ。ただ、ここではそれについて述べるつもりはない。まったく別な視点である。
改めて強調するまでもないが、レーガノミクスは大成功だった。しかし、当初は多くの経済学者がレーガノミクスに反対した。100人の経済学者が連名で有力紙に「反対」の意見広告を載せたほどだ。改革は、常に大きなエネルギーを必要とする。
NYダウは、1982年8月12日の776ドルを安値に、長期上昇波動に突入している。レーガノミクスがそのきっかけになっているのは、間違いないだろう。2018年10月3日のNYダウは、2万6828ドル(終値)だ。ザラバ高値比では実に、776ドルと比べ34.7倍になっている。
しかし、レーガノミクスはドル高、大幅減税と相まって、巨額の貿易赤字を生んだ。黒字国は他の先進国(ドイツ、日本など)だった。そこでアメリカは動いた。1985年9月22日のプラザ合意である。為替の水準は、最終的には「アメリカの意志」が働く。そう、これはセオリーであり、歴史の教訓である。
すなわち、アメリカはドル安政策にカジを切った。これで円高が進行する。1ドル230〜240円だったものが、120円台と猛烈な円高になったのだ。おそらく、各国の中央銀行を巻き込んだ壮大な“為替操作”が行なわれたのだと思う。それに比べて、現在はどうか。2017年におけるアメリカの経常赤字は4662億ドルだ。NY市場は「1人勝ち」だが、通商(貿易)に関しては「1人負け」である。米中貿易戦争の背景はここにある。
巨額の赤字の主因は中国だ。だが、人民元は購買力平価に対し半分程度の水準にとどまっている。これは何を意味するのか。そう、中国にコントロールされているのだ。市場メカニズムは通用しない。この場合、アメリカが選択できる手段は関税である。いや、「関税しかない」といっても過言ではないだろう。つまり、今回の米中貿易戦争をめぐる騒動は、「第2のプラザ合意」と考えればつじつまが合う。