米国自身が「勝者」と主張する根拠
根本的解決がなお見通せない米中貿易戦争の勝者、敗者は誰かという話題は、間違いなく2018年の経済・外交ニュースを席巻した。専門家の間でも見方は分かれているが、強いて言えば、自由貿易論者の多くが米国、中国とも勝者には成り得ず、最終的に世界全体が敗者になるだけだとしている。
様々な見方があるのは、①先行きが不透明、②影響を短期、長期何れで見るのか、いかなる指標で評価するか、③中長期の影響を測るデータがまだ不十分といったことによるものだろう。
米国は当然ながら、自らが勝者になる(あるいはすでになっている)と主張しているが、その根拠として、米国経済が好調を持続している一方、中国経済が減速していることを挙げている。しかし、これは貿易戦争が激化する前からすでに見られていた傾向だ。
中国経済の減速は2011年頃から続いており、15年第3四半期に成長率が7%割れした。これは高債務依存経済からの脱却(いわゆる去杠杆)を目的に引締め気味の金融政策が採られてきたこと、住宅バブルを抑えるため、頭金比率の引き上げや2軒目不動産の購入制限など不動産市場抑制策が各地で導入されたこと、それによって、いわゆる「新常態」を目指す中国国内政策に起因しているところが大きい。
また、成長率は7%割れして以降、18年第3四半期までの間、6.5〜6.8%の水準で安定ないし緩やかな減速を示している。
[図表1]2011年〜2018年の中国経済成長率
米国は追加関税で中国の株価が下落しているとも主張しているようだ。
確かに2018年、中国の株価は総じて軟調、特に10月の下落は著しく、劉鶴副首相や易鋼人民銀行総裁ら政府幹部が相次いで「株価下落の要因は多岐にわたる」「株価が人々の将来予測や心理に大きく影響されており、経済のファンダメンタルズとの関係で歴史的にも過小評価されている」と発言するなど(18年10月19日付第一財経)、当局が市場の不安心理を抑えようとする動きが目立った。
しかし中国株軟調の基本的背景は、引き締め気味の政策運営や、その結果としての成長率鈍化だ。株価総合指数を比較すると、両国が具体的な関税賦課対象品目リストを公表した18年6月15日から9月初にかけ、米国(S&P500指標)は4%上昇したのに対し、中国(CSI300指標)は13%下落しているが、両国の追加関税で直接影響を受ける企業の株価は米中ほぼ同程度下落した(6〜8月米国企業3.2%、中国企業3.4%)との推計もある(18年9月6日付Council on Foreign Relations)。
上海総合指数も貿易戦争が激化した18年7月以降一時下落したが(7月26日2915→8月20日2653)、米国が追加関税導入、中国が報復措置を発表した9月はむしろ上昇する局面もあり(9月18日2644→26日2827)、必ずしも貿易戦争と株価が常に連動しているわけではない。
むしろ、12月に入ってからの世界の株価急落を見ても、貿易戦争も含めた様々な要因を材料にして、米国、中国、日本等、世界各市場が連鎖的に反応している面が大きい。
[図表2]「貿易戦争で打撃を受けるのは米国自身」と宣伝する中国地元サイト
特朗普一边叫嚷着:贸易战很容易赢;一边张弓搭箭发动了贸易战。哪知道报应不爽,他等来的却是反击的箭雨,特朗普当即被射倒在地,倒下不忘高呼:给我继续加税······哦,可怜的特朗普!
トランプは貿易戦争に勝つのはいとも容易いこととわめき、関税という矢を放って貿易戦争を仕掛けている。しかし、その報いは快いものではない。彼を待ち受けていたものは反撃する矢の嵐だ。トランプはすぐに倒れたが、もっと追加関税という矢を寄越せというのを忘れていない。あー 可哀そうなトランプ!
出所:2018年7月8日付博讯(筆者訳出)
米国が貿易戦争を仕掛けた「3つの狙い」
トランプ氏の発言などから、米国が貿易戦争を仕掛けた目的を推測すると、①対中貿易赤字削減、②人民元安誘導、国有企業優遇、知的財産権侵害など、中国の様々な不公正貿易慣行の是正、③「製造2025」「一帯一路」などを通じる中国の国際社会での覇権阻止だ。
①は追加関税回避のための対米駆け込み輸出もあり、モノにかかる対中貿易赤字はむしろ拡大、米センサス局統計で、18年7月(368億ドル)から10月(431億ドル)にかけ、連続過去最高額を更新している。中国海関統計でも8月(311億ドル)、9月(341億ドル)、11月(355億ドル)に過去最高額更新、18年全体で3233億ドル(前年比17.2%増)と06年統計をとり始めて以来、過去最高の黒字となった。
なお、18年12月は中国の対世界輸出・輸入が共に前年同月比マイナス伸びとなり(16年11月以来)、対米黒字も299億ドルと減少、貿易戦争が中国を直撃し始めたと一斉に報道されている。しかし商品別に仔細に見ると、輸出減の70%以上は海外の新機種に圧されて携帯電話・部品の輸出が減少したこと、また輸入減の主因は原油価格の下落(原油輸入数量は増加)というミクロ的要因によるもので、貿易戦争の影響とは一概に言い難い面がある。今後、対米輸出については駆け込み輸出の反動は出てくる可能性はあるが、もっと構造的に赤字縮小傾向が出てくるかどうかが中長期的には重要だ。
②については、貿易戦争が激化する中で、中国の専門家の間で、民間部門が後退し国有企業が再び台頭する「国進民退」傾向に警鐘を鳴らす動きが見え始めている。
18年9月、中国の著名経済学者50人が集まり、北京の釣魚台で開催された「経済50人論壇」(もともと劉鶴氏が主導して設立)では、習政権が貿易戦争に対し、改革深化ではなく、「国進民退」や計画経済への回帰で対応しようとしているとの批判が噴出する異例の事態になったと伝えられる(18年9月27日付自由亜洲電台)。
ただ、こうしたアカデミズムの動きが実際の政策運営にどの程度影響を及ぼすかは不透明で、今のところ、「国有企業をより強大かつ優れたものにする」混合所有制推進を基軸とした国有企業改革に変化はない。実際、中国当局は混合所有制推進に、当局寄りと目される学者を動員し、アカデミズム面からも理論武装を図っている(参考:『中国・習政権の重要課題「国有企業改革」の行方』2018年8月24日)。
人民元相場に関しては、当初から、貿易戦争が通貨戦争に繋がるのではないかと市場で懸念されているが、18年8月末、人民銀行が毎日の人民元相場中間値設定にあたって、2017年5月に導入した「逆周期性因素」、すなわち、市場の「非理性羊群効应」、非理性的な群集心理効果に対抗するための措置(中国外貨交易センター)を再び発動して、相場下落に歯止めをかけようとするなどの動きがあり、そうした懸念は弱まっている(18年8月29日付新浪新聞他)。
実際、8月以降、CFETS人民元指数(15年12月、人民銀行から外為業務を授権されている中国外貨取引センターCFETSが発表を開始。貿易量による加重平均で構成された通貨バスケットに対する人民元相場)は安定的に推移している。対米ドル相場で見ても、下げ幅を急速に縮小してきている。
[図表3]2017年7月〜2019年1月中旬までのCFETS人民元指数
そもそも18年4月以降の人民元下落は中国当局が追加関税の影響を相殺するために誘導しているというより、17年来、資本流出規制強化など政策的後押しで上昇に転じていた相場が金利差など市場要因で下落に転じ、貿易戦争激化で加速したものだ。現状、中国は追加関税の影響を和らげる要因として人民元下落をある程度容認しつつも、急落は望まず、必要に応じ安定化を図るというスタンスだろう(参考:『再び上昇基調の人民元 中長期的な相場をどう見るか?』、2018年3月20日)。
[図表4]2015年7月~2019年1月中旬までの人民元相場
③については、一連の国際会議での習演説の「一帯一路」への言及などを見ても、基本的に積極外交路線に変化はない(参考:『習近平政権の看板政策「一帯一路」の現状と課題』、2018年2月14日)。
「製造2025」は米国から見て貿易戦争解決にあたって最大の「絆脚石(障害)」の1つとの見方がある(18年10月29日付大紀元)。12月、国務院が地方政府に発出した政策指示文書では、過去3年間、この種の文書では必ず触れられていた「製造2025の実施」への言及が消え、また、党と国務院が毎年末に開催する中央経済工作(活動)会議でも「製造2025」という文言が使用されなかったことなど、その宣伝を抑え目にしようとするような動きがある。
しかし実態的には、18年1月に更新した、計画の詳細な内容を記した「主要技術路線図緑皮書」は10大重点領域毎に発展目標を定め、例えば集積回路の世界市場占有率を56%にまで高めるといった野心的な目標を掲げている。中国は、緑皮書は政府文書ではないとして米国の懸念を和らげようとしている節はあるが、実質は「製造2025」と一体の文書で、これら目標を放棄する気配はない。
上述、中央経済工作会議でも「製造2025」という文言こそ使用しなかったが、19年の7大重点任務の第一に「先進的製造業と現代サービス業の深い融合を推進し、揺るぎなく製造強国建設を進める」ことを明確に掲げている。
むしろ貿易戦争は中国にとって「挑戦、歴史的な機会」と逆手にとらえ、計画で目指している「世界一の製造強国」建設を加速させようとしている(18年8月2日付共産党学習時報)。
経済工作会議で示された7大任務の第二に掲げられたのも「強大な国内市場の形成促進」で、これは貿易戦争を奇禍に内需主導型成長への転換を図ろうとするものだ。このように見てくると、少なくともこれまでのところ、事が米国のねらい通り動いているとは言い難いのではないか(参考:『「世界の工場」から次のステップを目指す中国の製造業』、2016年12月21日)
米国の対外強硬路線は揺らぐ可能性も
18年11月に行われた米中間選挙の主要争点は移民政策や医療改革などで、貿易戦争に代表されるトランプ氏の対外強硬路線を選挙民がどう評価したか判断し難い。ただ、中国の追加関税対抗措置で影響を受けている農村部で共和党候補が勝利するケースが少なからずあり、また貿易政策や対中政策に関しては、共和党と民主党でさほど考えに違いはないと見られている。
したがって、当面、貿易政策面でのトランプ政権の強硬姿勢が大きく変わることはないだろう。12月初の米中首脳会談でも、追加関税措置発動を90日猶予し、貿易協議を強化することで一応合意はしたが(注)、トランプ政権の基本姿勢に何らか変化があったわけではない。
しかし、貿易戦争で明らかに米国が勝者とは言えない状況が続き、むしろ米国経済にマイナスの影響が出始めると、20年再選を最優先課題とするトランプ氏は結局、対中強硬路線を修正せざるを得なくなるのではないか。
(注)中国地元誌の多くは新華社報道を引用し、90日猶予には触れず、「新たな追加関税を停止、協議を強化、今年(筆者注:18年)になって課された追加関税もなくして、正常な経済貿易関係に戻していくことで合意した」と伝えており、米側発表とやや齟齬がある。
[図表5]「貿易戦争で打撃を受けるのは米国自身」と宣伝する中国地元サイト
特朗普好比锯光了所有树干,他还开始锯自己坐着的那支,已经被打得绷带缠满身子的他,锯光后又会怎样?我们真不敢想象。哦,可怜的特朗普!
トランプは木の全ての幹を切ってしまったようで、さらに自分が座っている幹も切り落とし始めている。幹を切り落とした後、すでに全身を包帯で巻いた満身創痍の彼がどうなるのか、想像したくない。あー 可哀そうなトランプ!
貿易戦争、貿易戦争、米国の労働者が最大の被害者。彼らは元々実利を得ることを欲していたが、トランプが大砲を打った後、まず彼ら自身に被害が及んだ。あー 可哀そうな米国労働者!
出所:2018年7月8日付博讯(筆者訳出)