家族が集まる年末年始に改めて考えたい相続の問題。ここでは個人事業主の納税猶予制度について解説します。※本記事は日本経営ウィル税理士法人の東圭一氏の書き下ろしによるものです。

「後継者難」は個人事業主が抱える経営課題だが・・・

平成30年の12月の第3週末に与党から平成31年度税制改正大綱(以下「大綱」)が発表されました。

 

その大綱に、「個人事業者の事業承継に対する支援」とあり、個人事業者についても、高齢化が急速に進展する中で、円滑な世代交代を通じた事業の持続的な発展の確保が喫緊の課題と認識され、個人事業者の事業承継を促進するための相続税・贈与税の新たな納税猶予制度を創設(以下「個人事業者の納税猶予」)するとされていました。

 

私の担当は企業オーナー・富裕者のお客様が多く、事業承継の相談も必然的に法人の事業承継、資産家の資産承継が中心です。他にも、不動産貸付業などのサイドビジネスをされている方も多いと思います。このような方々に、今回の個人事業者向けの事業承継税制がどのように役立つかを検討してみたいと思います。

 

インターネットで、検索してみると、中小企業庁の平成26年4月に出された、「個人事業主を巡る状況と事業承継に係る課題について」という報告を見つけました。その中で、個人事業主が抱える経営課題として、上位3位に「後継者難」ということが書かれていました。このようなデータからも、やはり個人事業主の事業承継が喫緊の課題であることが分かります。

 

大綱によると、事業用建物、土地、一定の減価償却資産(大綱によると「特定事業用資産」という(※注1))を対象とし、事業を承継する後継者がそれら特定事業用資産を相続・贈与により取得した場合には、その相続税又は贈与税の100%猶予・免除するものとされています。これは、平成31年1月1日から平成40年12月31日までの間に相続・贈与について適用される時限立法となります。

 

※注1 特定事業用資産とは、被相続人の事業の用に供されていた土地(面積400㎡までの部分に限る)、建物(床面積800㎡までの部分に限る)及び建物以外の減価償却資産(固定資産税又は営業用としての自動車税、若しくは軽自動車税の課税対象となっているもの、その他これらに準ずるものに限る)で、青色申告書に添付されている貸借対照表に計上されているものをいう。

事業用資産に限定し「納税猶予の対象」とする

また、法人の事業承継税制に準じた制度とすると記載されています。

 

法人の事業承継税制とは、先代経営者から後継者が株式を贈与、又は相続により取得し、その法人を経営する場合、その他一定の要件を満たせば、その取得した株式の課税価額に対応する贈与税、又は相続税の全部について、納税の猶予・免除される制度です。

 

法人の場合、発行している株式が納税猶予の対象となるので、結果として保有している資産・負債の全てがその対象となります。

 

一方、個人事業者の納税猶予も、先代の事業主から後継者が、その事業用の土地・建物・減価償却資産を贈与、又は相続により取得し、その個人事業を経営する場合に、その取得した事業用の土地・建物・減価償却資産の課税価格に対応する贈与税、又は相続税の全部について、納税の猶予・免除する制度になると思われます。

 

個人事業者の場合、事業用資産に限定して納税猶予の対象としており、事業用の預金、売掛金などの資産、借入金、未払金などの債務については、納税猶予の対象から除外されています。また個人事業からは、不動産貸付業は除外されています。

 

中小企業庁の「個人事業主を巡る状況と事業承継に係る課題について」を読むと、純資産額(資産から債務を控除したもの)が4800万円以下の個人事業主が90%以上を占めていました。4800万円の事業用資産の構成ですが、土地39%、建物25%全体の60%が不動産です。個人事業者の事業承継を考えると、不動産に係る相続税・贈与税について猶予・免除することが重要だと思います。

 

しかし、相続税には、事業用の土地については、一定の要件の具備は必要ですが、小規模宅地の特例という制度(「特定事業用宅地等に係る小規模宅地等」という)があります。(租税特別措置法69条の4 ※注2) 

 

注2 大綱によると特定事業用宅地等に係る小規模宅地等についても、相続開始前3年以内に事業の用に供された宅地等は、除外されるという改正がなされる予定です。簡単に説明すると、被相続人が事業の用に供されている宅地について、400㎡を限度にして、その宅地の評価額を80%減額するというものです。

 

この制度を利用すると、個人事業主の事業に利用している宅地については、事業承継が可能となり、事業承継問題も解消するように思えます。しかし、大綱だけでは詳細が不明なので、法案が発表された後に詳細を検討する必要がありますが、今回の個人事業主の納税猶予制度は、富裕層・企業オーナーの方の事業承継の問題がすべて解決するということはないと思います。個人事業を継続していくには、事業用の資金・事業用の債務も承継する必要があるからです。特定事業用資産だけ納税猶予の対象とされても、それらが解決することにはなりません。

 

今回の大綱での個人事業主向けの納税猶予制度が創設されたとしても、富裕層・企業オーナーの方は、今までどおり、事業承継について取り組むべきでしょう。これらを円滑に進めるためには、相続税・贈与税という税金のみならず、事業のあり方、家族のあり方も含め、できるだけ全員の相続人が納得できる方向で承継を考えていく必要があります。

 

 

東 圭一

日本経営ウィル税理士法人 代表社員税理士
宅地建物取引士

 

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