中小企業経営者が頭を痛める「後継者争い」の問題
最近、中小企業の後継者不足が深刻な問題となっています。他方、後継者がすでにいる中小企業の経営者にとっても頭を悩ます問題があります。それが、後継者争い問題です。
自分の亡き後、先祖代々承継されてきた会社をある特定の相続人(後継者)に継がせたいと考えた場合、具体的にどのような方法で引き継がせるかご存知でしょうか。経営者が亡くなり相続が発生すると、その保有していた株式は相続人間の準共有状態になり、後継者以外の相続人も株主として経営権を主張してくる可能性があります。そこで、無用な後継者争いを防ぐため、後継者に会社を継がせたい場合には、株式を後継者に全て集める方策をあらかじめ講じておく必要があります。
今回は「相続と事業承継」をテーマに、是非とも知っておいて頂きたい事業承継の具体的方法をご紹介いたします。
「経営承継円滑化法」で株式の分散を防ぐことが可能に
(1)経営承継円滑化法の活用
平成21年に成立した「中小企業における経営の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法で、民法の遺留分に関する特例が定められました(円滑化法3条~11条)。
遺留分とは、相続人が最低限受け取ることのできる、法律上確保された一定割合の相続財産のことを言います。上記の例でいうと、自分の死後に経営者が会社の株式を全て後継者に相続させたいとしてその旨の遺言を残していた場合、それが他の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があります(生前贈与の場合も同様です)。そうすると、相続人は後継者に対して遺留分減殺請求(遺留分に相当する財産の返還請求)を申立て、結局、他の相続人も株式の一部を取得して株式が分散し、全ての株式を後継者に集めたいという経営者の思いは叶わなくなります。
民法でも、遺留分の事前放棄の制度があるにはあるのですが、それには遺留分を放棄する側がみずから家庭裁判所に個別に申立を行い、許可を受けなければなりません。しかし、放棄する側にそのような手間暇をかけさせることは現実的ではなく、活用されてきませんでした。
そこで、この経営承継円滑化法で、一定の要件のもとで民法の遺留分の規定と異なる合意を認めました。具体的には、「対象自社株式の価額を遺留分算定の基礎財産に算入しない旨の合意(除外合意)」、「対象自社株式の遺留分算定の基礎財産への参入価額を合意時の価額とする旨の合意(固定合意)」を認め、これらの合意がなされた場合には(いずれか一方の合意をすることも可)、自社株式は遺留分の算定には含まれず、また、自社株の株価が相続までに上がっても金額がすでに固定されているために他の相続人から遺留分減殺請求をなされることがなくなるため、株式の分散を防ぐことができるようになったのです。
特例を利用するためには、合意時点において3年以上継続して事業を行っている非上場の中小企業者であることといった、いくつかの要件を満たしたうえで、「推定相続人全員の合意」を得て、「経済産業大臣の確認」および「家庭裁判所の許可」を受けることが必要です。いずれも難しい手続きではありません。中小企業庁のホームページにも、推定相続人全員で作成する合意書のイメージや手続きの詳細が掲載されていますので是非参考にされてみて下さい。
(2)議決権制限株式、全部取得条項付種類株式等の種類株式の発行
他には、経営者が保有している株式の数が全体の3分の2以上の場合、定款を変更して種類株式を発行し、これらの株式を後継者以外の相続人に相続させ、後継者には普通株式を割り当てることによって後継者を守るという方法があります。具体的には、議決権制限株式や全部取得条項付種類株式の発行をすることが考えられます。
議決権制限株式とは、株主総会における全部または一部の事項について議決権を有しない種類株式をいい(会社法108条1項3号)、全部取得条項付種類株式とは会社が当該種類株式の全部を取得することができる株式をいいます(会社法108条1項7号)。
これらの種類株式は普通株式とは異なり、議決権を有しなかったり株主総会決議によって会社が株式を全部取得したりするため、普通株式を取得した後継者のみが議決権(経営権)を有することができるようになります。
そのためには、あらかじめ種類株式の発行について定款に定め、かつ、遺言で普通株式については後継者、種類株式については後継者以外の相続人に相続させる旨を残しておくと良いでしょう。後継者以外の相続人も株式を取得することになるため、遺留分減殺請求によって株式が分散することもなく、特定の後継者に安定した経営権を承継させることができます。
「特別支配株主の売渡請求」で少数株主から株を収集
(3)特別支配株主の売渡請求
上記の他にも、後継者に株を集める方法があります。それが平成26年会社法改正により定められた、特別支配株主の売渡請求です(平成26年改正会社法179条)。
この制度は、会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主(特別支配株主)が、会社に対して一定の事項を記載した通知を行い、会社においてその承諾や売渡株主に対する通知・公告等の手続きを経ることにより、特別支配株主が少数株主の有する株主を取得することができるというものです。
後継者以外の相続人が総株主の議決権の10分の1未満の株式を保有している場合(少数株主)、その相続人に対して対価を支払って売渡請求することができるため、後継者のもとに株を全て集めることが可能になります。
もっとも、売渡請求をするためには、定款の規定が必要であることから、あらかじめ定款を変更しておく必要があります。
経営者や後継者にとって望まない相続人が株主となって経営権を争ってきた場合、その相続人をどのように排除するのかは会社にとって大きな問題です。経営権争いが長引けば、いずれ会社を潰すことにもなりかねません。そのような事態を避けるためにも、亡くなった後に後継者が安心して経営を引き継ぐことができる方法を今から考えてみませんか。
小笠原理穂
小笠原六川国際総合法律事務所 弁護士