子のない夫婦の法定相続人には、親兄弟も含まれる
「お子さんのいないご夫婦の相続は大変です。万が一に備え、遺言書をご用意ください」
税理士として、お子さんのいないご夫婦と面談するたびに申し上げているのが上記の言葉です。実際のところ、いくらこちらが心配しても、みなさんいまひとつピンと来ないように思われます。ですが、何の対策もとらずにいると、いざ相続となった時、本当に大変なことになるのです。
今回は、お子さんがいないご夫婦の相続の実話を紹介しましょう。お子さんのいない方だけでなく、身近にそういった知り合いがいるという方も、ぜひこの記事を読んでいただきたいと思います。
●亡夫と二人で築いた財産なのに・・・1/4の法定相続分を要求する義兄
「主人が末期がんだと言われて・・・仕事をやめて看病に専念することにしました」
お客様のA子さんから連絡があったのは、1年前。A子さんは50代後半で外資系企業の部長を務めるキャリア女性でした。お子さんはいません。
「ご主人に遺言書を書いてもらってください」
この連絡をいただいたとき、そうお伝えしましたが、病に苦しむご主人にそんなことは言えなかったそうです。その後、半年ほどでご主人は亡くなりました。
ご主人の看病のために仕事もやめてしまい、この先一人でどうやって生きていけばいいのか途方に暮れているときに、思いもよらぬ電話が入りました。
電話の主は、ご主人のお兄さんです。ご主人は二人兄弟の次男でした。
「葬儀の時にはいわなかったが、兄である自分にも弟の相続権があるはずだ。弟がどんな財産を持っていたのか、リストで渡してもらいたい。そのうちの法定相続分である4分の1はきっちり渡してもらいたい」というのです。
A子さんご夫婦は共働きで、日々の生活費はA子さんが負担をし、ご主人の給与を二人の共通財産だという認識でしっかり預金していました。自宅マンションはご主人名義でした。
つまり、A子さんの給与は日々の生活費で消えてしまい、預金や不動産という形で残っているのはほとんどがご主人名義。でも、実際は二人で築き上げた財産なのです。
それを何年も顔を合わせていない兄に4分の1も渡さなければならないなんて・・・。
ご主人名義の預金は3000万、自宅の価値は5000万、合計8000万円の財産があります。その4分の1ということは、2000万円。自宅不動産を分けることはできませんから、渡すとしたら預金です。でも、預金2000万円を渡してしまうと、1000万円しか残りません。
ご主人のために仕事もやめてしまったA子さんにとって、残された預金は、長い老後生活を支えるためにも、少しでも多い方がいいというのに・・・。
とはいえ、法律で決められていることならば仕方ないと、A子さんは義兄に夫の財産リストを渡しました。
しかし、お兄さんはそのリストを信用しません。
「夫婦共働きで子供もいないかったのに、弟の収入から考えたら、もっと財産があるはずだ。A子さんは財産を隠しているのではないか!」というのです。
結局、双方弁護士を入れていまだに係争は続いています。
ただでさえ、大事なご主人を亡くして気落ちしていたA子さんは、この諍いの中でげっそりと痩せてしまいました。「もう義兄の顔を見るのはもちろん、声を聴くのもいやです」と泣いていました。
実は、ご主人は遺言書を書いていました。でも、それはパソコンの中。そこには「僕の全財産は妻のA子のもの」とだけ書かれていました。
もちろん、この遺言書は無効です。自筆証書遺言はすべて本人が手書きし、日付と押印がなければならないのです。でなければ、本人が書いたかどうかわからないからです。
「こんなことなら、夫に遺言書をちゃんと書いてもらえばよかったです」
「妻のA子にすべて相続させる」という法的に有効な遺言書さえあれば、兄弟姉妹には遺留分がないのですから、何の問題もなくすべてA子さんが相続できたのです。本当に悔やんでも悔やみきれません。
法定相続人7人の印鑑がないと、預貯金もおろせず…
●亡くなったご主人には、複数の「腹違いの兄弟」がいて・・・
ご主人をなくしたばかりのB子さん65才。お子さんはいません。ご主人には、腹違いで年の離れた兄と姉が4人いるらしいのですが、当のご主人さえその兄弟姉妹とは数回くらいしかあったことがないといいます。
「そもそも主人も自分に兄や姉がいると知ったのは、父親が亡くなった時なんです」父親の相続のときに、はじめて腹違いの兄と姉の存在を知り、財産分けであったっきり、音信不通だったといいます。
この事実を知った時、B子さんは友人に「だんなさんに、しっかり財産のこと考えてもらわないと、いざというとき困ったことになる」とアドバイスされ、それをご主人にも伝えていたそうです。
でも、ご主人は「俺が死んだら、財産はすべてお前のものに決まってるじゃないか。腹違いの兄や姉が俺の財産をもらおうなんて思うはずがない」といって笑ってとりあってくれなかったそうです。B子さんもそれ以上はいえず、何もしないまま時間が過ぎてしまいました。
そんなご主人が突然倒れ、亡くなってしまったのです。
その後ご主人の預金口座はすべて凍結されてしまいました。B子さんは専業主婦ですから、預金や自宅などの財産はすべてご主人名義です。B子さん名義の預金など、スズメの涙ほどしかないのだそうです。
預金を動かすためには、遺産分割協議書を作成するか、法定相続人全員の同意が必要です。そのためには、まず法定相続人と連絡を取らなければなりません。でも、ご主人さえ会ったことのない兄や姉の連絡先など、B子さんにはわかりません。そもそも、今生きているのかどうかさえ、わからないのです。
まずは、相続人の確定をすることになり、戸籍をたどってみると・・・。
4人の兄と姉のうち、3人は既に亡くなっていて、亡くなった3人にはそれぞれ子供が2人ずついることがわかりました。つまり、相続人は存命の姉1人と、会ったこともない甥と姪が6人の合計7人ということになります。
B子さんはそれぞれの方の連絡先を探し出して、財産をどうわけるかをその人たちと決めていかなければならないのです。それができるまでは、ご主人の預金は動かすことができないのです。
「どうしたらいいのか、本当にわからなくて・・・」B子さんは泣いていました。
遺言書さえあれば、残された配偶者は平穏に暮らせる
A子さん同様、B子さんのご主人も「妻にすべて相続させる」という遺言書さえ残してくれていれば、こんな苦労をすることなく、B子さん単独で預金を引き出すことも不動産の名義変更も行うことができたのです。
私は、結婚後10年間子どもを持たなかったので実感していますが、子どものいないご夫婦は、子どものいるご夫婦と比べて、それぞれの実家との縁が薄い傾向にあります。孫は、実家とのかすがいなのです。
そもそも、縁が薄いもの同士、年に一度顔を合わすか合わさないかというような義理の親や兄弟姉妹と夫(妻)がなくなった後に、お金の話をするなんて・・・。
考えただけでもゾッとしませんか?
今回ご紹介した方たちのような困ったことにならなかったとしても、そんな事態は避けられるものなら避けたいところです。そのためにも、お子さんのいないご夫婦はぜひ遺言書を残していただきたい。切にそう思うのです。
板倉 京
WTパートナーズ株式会社 代表取締役
WT税理士法人 代表社員
税理士