投資信託などにも組み込まれている、様々な種類の「オルタナティブ投資」。しかし、初心者には理解が難しいものも多く、リスクが見えづらいのが現実だ。そこで本連載では、オルタナティブ投資のプラットフォームを提供するTransAsia Private Capital Limited.(トランス・アジア)の創業者のひとり、ジェフリー・チャンドラ氏に、同社が中心として手がける「貿易金融」のリスクと特性について伺った。第3回目のテーマは「貿易金融の未来」。聞き手は、ニッポン・ウェルス・リミテッド(NWB/日本ウェルス)のダイレクター幾田朋彦氏である。

米中貿易戦争…周辺国の現場はまだ影響なし?

幾田 米中貿易戦争による貿易量や商品価格変動の影響があると思いますが、これらのリスクに関しては、どう考えますか?

 

ジェフリー トランス・アジアのような、いわゆる銀行以外のチャネルで貿易金融を行う業者は、20兆米ドルの貿易市場のうち、わずか150億ドルを占めるニッチで軽やかな中間市場に焦点を当てているため、極端に心配をする必要はないと感じています。

 

また、仮にそうした地政学的なリスクが顕在化したとしても、トランス・アジアのポートフォリオには米中間の貿易取引を融通するものはありません。ポートフォリオのほとんどは収益性がより高く、資金供給源(つまり、貿易金融に積極的な金融機関)がより少なく、そして貿易そのものの収益性も高いアジア域内、またはアジアから他地域の新興市場との取引を対象にしていますので、運用面における直接的な影響はかなり限定的でしょう。

 

幾田 米中貿易戦争の影響が、当該二国間にとどまらない可能性もあります。

 

ジェフリー もちろん世界的に保護主義が蔓延し、貿易戦争がエスカレートするような事態に陥れば、世界経済にあらゆる意味で悪影響が及ぶのは必至です。間接的な影響として、投資家がこうした貿易金融に投資をするファンドから資金を引き揚げ、より安全な資産に再配分するような事態は起こりえます。

 

融資先である貿易業者は取引をしている市場で収益性が低下した場合、別の市場に移行することを試みるでしょうが、今のところその兆候は見られず、短期的な影響はあまり感じられません。

 

トランス・アジアが主として取り扱っている原材料に関して、取引現場の話をすると、その価格は数年前に底を打っており、今は上向きです。今後数年で、多くの融資先は、むしろさらなるビジネスの成長と拡大の局面に突入するのではないかと考えています。

新規参入を阻む「商業銀行×投資銀行」的思考の壁

幾田 トランス・アジアのように貿易金融を投資対象とするファンドは今後増えていくでしょうか?

 

ジェフリー 増えてくれることを願いますね。ただ、こうしたファンドを立ち上げ、適切に運営していくには経験豊富な人員を集め、しっかりとしたインフラを組み立てなければなりません。

 

しかし、世にいるヘッジファンド・マネージャーは、資金を引き寄せるため、それなりの規模のファンドに育てやすい流動性のある戦略を好む傾向があります。また、仮に著名なスター・マネージャーが1人ないしは2人いたとしても、立ち上げの段階は少人数からスタートして事業リスクを減らしたいですよね。

 

貿易金融に投資をするファンドはそうはいきません。お気づきかと思いますが、我々は商業銀行業務に、投資銀行の思考プロセスを取り入れ、ファンドを運用しているようなところがあります。

 

実際、異なる経歴を持ち合わせる経験豊富なパートナーが3人集まって、ここまで大きくするのに5年の歳月を要しました。今は香港、シンガポール、マニラの3か所にまたがる事業所をはじめ、アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど数多くの駐在事務所に40人以上の人員を配置しています。お世辞にも費用対効果の高い運用戦略とはいえません。ですから、この分野への新たな参入者が増えることを願ってはいますが、なかなか難しいのではないかと思います。

 

幾田 商業銀行の出身者などは、人脈などを考えても、貿易金融と親和性が高そうな気がしますがいかがでしょう?

 

ジェフリー 商業銀行の人々は関連業務の経験と人脈はありますが、機関投資家から資本を調達するための洗練された国際的な資産管理のノウハウを持っていないことが多いです。トランス・アジアと同規模のファンドも、それだけのサイズに育つまでに10年程度の年月を要しています。

 

幾田 そう考えると、この先も、貿易金融を投資対象とするファンドが増えていくのは、なかなか難しそうですね。

貿易金融におけるフィンテックの活用

ジェフリー 新規に事業を立ち上げるという観点からはいわゆるフィンテックに分類される業者からの参入の方が今は活発かもしれません。

 

幾田 フィンテック企業からの参入。どのようなモデルがあるのでしょうか?

 

ジェフリー フィンテック企業はオンライン市場プラットフォームを構築し、そこで貿易金融サービスを提供するモデルを導入しようとしています。しかし、プラットフォームの裏側にはファンド・マネージャーが常備するような運用インフラが整っているわけではありません。そこにリスクを感じますが、それでもブロックチェーンが注目を集めるのは、潜在的な利用価値が存在するからです。

 

私はこの技術には多くの可能性があると思っていますし、その特性を活かしていこうとする方針は方向性として正しいと思います。ただ、すべての国には独特の定型書類、購買システムがあり、ほぼすべてのサプライヤー、および船会社は独自の商慣習に基づいたシステムや書類を貿易取引に使っています。ですので、ブロックチェーンは革新的な技術ですが、当面はこのビジネスの一部のみを効率化するに留まるでしょう。

 

幾田 なるほど。現実問題として、まだまだブロックチェーンの本格的な採用は難しいと。

 

ジェフリー それを念頭に置いた上で、貿易金融における技術革新はおそらく二極化したグループ層を形成すると思います。第1のグループ層では巨大なバイヤーが中心となり、デジタル化が大幅に進むでしょう。ここでいう「巨大なバイヤー」とは、アップル、ウォルマート、その他中小のサプライヤーにとって無視できないほどの規模を持ち、わずかな数の企業のみで大きな市場が形成されるような業者のことです。

 

彼らはブロックチェーンに限らず、自らの都合で好きなように新しいシステムや仕組みを導入し、サプライチェーン上の小さな部品業者から間に入る貿易業者まで、新しい手法や商慣習に合わせるか、今後の取引を停止するかの二択を突き付けることができます。ここで採用されるシステムは、ブロックチェーンで言えば、外部の業者がアクセスすることのできない「プライベート・チェーン」が中心となるでしょう。

 

一方で、第2のグループ層は年間の売上高が1億米ドルから30億米ドル~40億米ドル程度の比較的中小規模の業者が混在する市場です。ここはデジタル化があまり進まないか、進んだとしてもかなり細分化されるのではないかと予想しています。

 

 

 

ジェフリー・チャンドラ

TransAsia Private Capital(トランス・アジア・リミテッド) 共同創業パートナー

 

幾田 朋彦

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) ダイレクター

本稿は、情報提供を目的として、インタビュー時点での経済データ等をもとに個人的な見解を述べたもので、TransAsia Private CapitalおよびNWBとしての公式見解ではありません。また、特定の金融商品への投資の勧誘を目的とするものではありません。

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