仮想通貨の会計監査基準は日本が最も進んでいる!?
●仮想通貨の関連規定:経緯を振り返る
2017年4月より施行された改正資金決済法により、仮想通貨交換業者は財務諸表監査・分別管理監査を受けなければならなくなりました。
財務諸表は比較可能性が重視されるため、会計処理は会計基準やその他のガイダンスにしたがって行われます。監査についても監査水準が均一に保たれるように監査基準やその他のガイダンスに従って実施されます。しかし、会計・監査の世界では、これまで仮想通貨に関連した基準やガイダンスが存在していませんでした。
このままでは監査はもとより、財務諸表の作成方法にもばらつきが出てしまうため、
・2017年5月31日には「仮想通貨交換業者における利用者財産の分別管理に係る合意された手続業務に関する実務指針」(以後、分別管理AUP実務指針とよぶ)が、
・2018年に入ってからは3月14日に「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」(以後、実務対応報告とよぶ)が公表されました。
そして2018年6月29日に「仮想通貨交換業者の財務諸表監査に関する実務指針」(以後、財務諸表監査実務指針とよぶ)が公表されました。これで財務諸表を作成し、監査を実施するためのガイダンスが一通りそろったことになります。
これまでに公表されているクリプト関連の会計・監査のガイダンスについて下の表でまとめました。
今まで10年以上会計監査にかかわってきた身からすると、これは画期的なことだと思っています。
この数十年で会計や監査に関する基準は目まぐるしく変わっています。
が、その変化をリードしてきたのは残念ながら日本ではなく、アメリカや欧州でした。日本においてはUSGAAPやIFRSとして決まった会計基準を少し日本風にアレンジして取り入れてきたというのが実態だと思っていました。監査基準に関しても同様です。
しかし、仮想通貨に関しては雰囲気が違います。私の知るところでは仮想通貨に関する会計・監査の基準はアメリカではまだオフィシャルに発行されておらず、日本がぶっちぎりにリードをしている状況です。
今回公表された財務諸表監査実務指針の位置づけは、財務諸表監査を実施する公認会計士・監査法人(以後、監査人とよぶ)に対して実務上の指針を提供するものです。監査人はこの財務諸表監査実務指針に従って監査を実施するため、監査を受ける側の仮想通貨交換業者にとっても監査体制を構築する上で参考になるガイダンスであるといえます。
財務諸表監査実務指針を読み解くことで仮想通貨交換業者の財務諸表監査がどのように行われるかを考察することにより:
・今後監査を受けることになる仮想通貨交換業者が監査体制を構築する上での参考材料
・仮想通貨取引所(交換所)を利用する個人ユーザーに対しては舞台裏でどのような監査が行われているかのイメージ
を提供できればと思っています。なお、一般的な監査の論点には言及せず、クリプトに関連した監査論点に注目する形でまとめました。
財務諸表監査実務指針は、下記の日本公認会計士協会のリンクからダウンロードできます。
仮想通貨交換業者の財務諸表監査に関する実務指針をダウンロード
それでは頭から順番に見ていきます。
解説文自体が長くなってしまったので、具体的な監査手続だけを見たい方は 4.リスク対応手続だけを読んでいただければと思います(近日公開)。
作成者の「熱」が伝わるマニアックな言及も
●財務諸表監査実務指針・解説
I 本実務指針の提供範囲
1.適用範囲(1-4項)
ポイント:自己の発行(ICO)した仮想通貨も対象に
3項で“本実務指針が対象とする仮想通貨交換業者の財務諸表監査では、資金決済法に規定する全ての仮想通貨を対象とする”とあります。
会計基準(実務対応報告)では自己(自己の関係会社を含む)がICOした場合の会計処理については規程がありません。しかし、財務諸表監査実務指針では自社ICOのクリプトも仮想通貨の対象に含まれることが記載されており、財務諸表監査の対象になることが明らかとなっています。
会計処理については明確なガイダンスがないものの、監査の対象にはなるということで、ICOを実施した(今後する)場合は、(事前に)監査人と十分に協議することが重要となります。会計に関する明確なガイダンスがないケースでは、関連しそうな会計基準を参考にしたり、会計原則に立ち返って会社のポジションを作り上げたりする作業が必要です。
財務諸表の作成責任は会社にあるため、まずは会社の主張を論理的にポジションペーパーやホワイトペーパー(会計の世界でも会計メモのことをホワイトペーパーといいます)にまとめ、それをベースに監査人と議論をすることが好ましいでしょう。会計に関する明確なガイダンスがない以上、監査する側としてもすぐにYes/Noは出せません。ICOの直前ではなく、十分な余裕をもって議論を始めることが大切です。
ポイント:監査自体は既存の枠組みの中で行われる
4項で“本実務指針は、監査基準委員会報告書に記載された要求事項を遵守するに当たり、当該要求事項及び適用指針と併せて適用するための指針を示すものであり、新たな要求事項は設けていない”とあります。これはすなわち仮想通貨という監査対象自体は新しいものの、監査自体は既存の枠組みの中で行われることを意味します。
2.背景
(1) 仮想通貨交換業者に関わる監査制度(5項)
(解説略)
(2) 仮想通貨交換業者の財務諸表監査における特質(6-9項)
ポイント:監査はブロックチェーン等の記録に保証を与えるものではない
9項では会計監査の目的が述べられており、会計監査はあくまで財務諸表の適正性に関する意見を表明するものであって、ブロックチェーンそのものについて保証を与えるものでないことが確認されています。
9項はなかなかマニアックで51%アタック(悪意のあるMinerがネットワークhash powerの過半数を持つことによりブロックチェーンを乗っ取る行為)について触れられています。
つい先日も、monacoin、BitcoinGold、ZenCashで51%アタックによる損害が発生しました。
【参考】
※ 51% attack of monacoin - reddit
※ Double Spend Attacks on Exchanges - BITCOINGOLD
※ ZenCash Statement On Double Spend Attack - zencash
51%アタックは理論上だけでなく、実際に起こりうるリスクであるため留意(入金の際の必要confirmation数を増やすなど)が必要です。
3.定義(10項)
(解説略)
《付録1》仮想通貨交換業者の理解に関する事項
ポイント:利便性とセキュリティのバランス感覚が求められる
財務諸表監査実務指針に添付されている付録1では取引所などの仮想通貨交換業者の業務内容が情報として提供されています。
クリプトに精通していない監査人であってもこれを読めばだいたいの業務プロセスが何となくわかるといえるくらい、的確にまとめられていると感じました。
その中でも個人的には3個目に登場する取次ぎ・代理業務に関する解説がすきです。なかなかマニアックで、日本の板と海外の板のリンクを想定したような記述やホワイトラベル(取引所システムのOEM)にまで言及しており、作成者の熱が伝わります。
4個目に登場する仮想通貨の管理についての解説ではウォレットについて触れられており、顧客の利便性の観点からホットウォレットの有用性を認めつつもセキュリティの観点からとコールドウォレットとの併用を前提としています。
ホットウォレットとコールドウォレットの割合を一定に保つような運用が一般的と推測しますが、コインチェックNEM事件を受けて、コールドウォレット保管の割合を増やす方向に進むと予測しています。
アメリカの取引所大手のcoinbaseは顧客資産の98%以上をオフラインで保管し、残りの2%についても保険をかける形で運用を行っています。利便性とセキュリティは常にトレードオフの関係にあり、使いやすさを損なわない程度にセキュリティを最大化する、この難しいバランス感覚が会社、監査人の双方に求められます。