日本の社会と経済を支えている建設業。直近は景気回復と東京オリンピックによる官民の建設需要で空前の好業績を記録しているが、重層下請け構造や就業者の高齢化など課題も多い。本企画では、建設業界の現状と将来展望について、国土交通省建設流通政策審議官の青木由行氏に、Tranzax株式会社代表取締役社長の小倉隆志氏がお話を伺った。第3回目のテーマは、生産性向上のカギを握る「ICT」の活用についてである。

工事全体の生産性をアップする「ⅰ-construction」

小倉 生産性向上のためのICT活用についてですが、最近はAI(人工知能)とかIoT(モノのインターネット)といった言葉がバズ・ワードになっています。建設業においては、この点いかがでしょうか。

 

国土交通省
建設流通政策審議官 青木由行 氏
国土交通省
建設流通政策審議官 青木由行 氏

青木 国土交通省として力を入れているのが「ⅰ-construction」です。ICTを建設現場に導入し、工事全体の生産性をアップし、魅力ある建設現場を目指す取り組みのことです。具体的に先行しているのは、先ほど述べたドローンによる測量やICT建機での施工です。

 

また、3Dデータによる建物や構造物の3次元設計も始めています。BIM(Building Information Modeling)とかCIM(Construction Information Modeling)というのですが、設計段階から精密なモデリングを行い、そこに仕上げや材料・部材、コストなどの情報を組み合わせ、設計、施工、維持管理に至るまで品質と効率性の向上を実現するものです。

 

このBIM、CIMもそうなのですが、工事全体をいかに上手にコントロールしていくかということがとりわけ重要です。さきほど一品生産の話をしましたが、基本的にはすべての工事が1回1回初めて行われるものですから、土木工事でも建設工事でも大なり小なり手戻りがあります。土木は自然が相手なのでやってみると事前の調査測量と違うのは日常茶飯事です。建築でも、建物はひとつひとつ違うので、なんらかの手戻りが必ず発生します。ICTを使うことによってそのロスを少しでも減らすことができれば、大きなメリットが生まれます。

 

また、現場には数多くの技能者(職人)と、安全面を含めてそれを束ねる技術者(現場監督)がいます。ICTを利用して、人員の配置や資材の調達を効率化、合理化できればやはり工程やコストの削減につながり、全体として生産性があがっていくはずです。そうした経営的観点からのICTの活用をぜひ進めていきたいと考えています。

 

小倉 新しい技術がどんどん導入されているのですね。

 

青木 ただ、新しい技術というのは使わないと普及しないし、普及しないと使えないという問題があります。そこで国土交通省として、新技術情報提供システム(New Technology Information System:NETIS)というデータベースをつくり、運用しています。

 

このたび、国の直轄事業でテーマ設定のうえ公募し、現場で試行し評価したうえでNETISに登録する手法を新たに導入し、早期に活用拡大を図ることにしました。また、実用段階に達していない新技術を投入する技術提案を現場で検証するために、工事費とは別枠の予算も新たに創設しました。

ICTを活用した建設技能者のキャリアアップシステム

青木 また、技術そのものだけでなく、様々な仕組みにもICTを活用したイノベーションの余地があると見ています。代表例が、業界横断的な人材情報システムの構築です。製造業と建設業の賃金水準を比較すると、絶対水準が低いこともさることながら、40代後半で賃金カーブが頭打ちになっています。体力のピークが賃金のピークになっていて、経験や技能、マネジメント力が賃金水準に結び付いていないのではないかと思います。

 

そこで、官民共同のコンソーシアムで「建設キャリアップシステム」と名付けた仕組みを立ち上げ、この春から登録を開始、秋から稼働の予定です。概ね5年ですべての建設技能者(約330万人)の加入をめざします。このシステムでは、建設技能者一人ひとりについて、どんな資格を持っているのか、どんな現場でどんな経験をしてきたのかを蓄積していきます。これにより人員の配置を合理化、適正化して現場の生産性を上げるとともに、その人その人のスキルやマネジメント力にふさわしい処遇を実現していこうというわけです。

 

建設会社の経営者の中には、自社の社員の経験や力量は分かっていると言う方もおられます。しかし、取引先に対して、わが社にはこういう経歴を持つ職人がいて、会社全体としてこういう実績や施工能力があるということをきちんと説明し、価格交渉できているかというとどうでしょうか。通常は、買い手が優位になりがちでたたかれてしまうのが現実です。

 

わが社にはこういう優秀な職人がいる、だから工事の質が高く、工期も短くできる、ちゃんと契約した時期に引き渡しできるといったことを客観的に示し、交渉し、適正な価格で受注する。そういう環境にしていくためにもICTを活用したキャリアアップシステムの構築と普及を進めていきたいと考えています。

 

Tranzax株式会社
代表取締役社長 小倉隆志 氏
Tranzax株式会社
代表取締役社長 小倉隆志 氏

小倉 単品受注という点で似ているのが、システム開発業です。企業ごと、システムごとの単品プロジェクトが基本なのですが、受注の際の見積書では、これくらいの技術レベルの人員を何時間働かせるのでいくら、という積算がベースになります。

 

また、作業の難易度に応じて、どれくらいのレベルの技術者を何人、何時間、投入しなければならないというのが、発注者と受注者の間で概ね合意されています。だから、その業務を担当させる技術者のグレードと時間で積算できるのです。

 

青木 なるほど。それは分かりやすいですね。

橋梁管理などで着々と進むデータ活用

小倉 IT業的な観点からお聞きしたいことがひとつあります。最近の流行りであるAI(人工知能)は、ディープラーニングのために大量のデータが必要です。建設業界では、インフラや建物などのメンテナンスで様々な検査を行っていると思います。そのデータを蓄積し、ビッグデータとして整備すると、AIによるディープラーニングで自動判断ができるのではないでしょうか。ところが現在、民間では各社個別対応でデータが足りないようです。国として、工事のいろいろなデータを集約してビッグデータ化し、分析できるようにしていただくとよいのではないでしょうか。

 

青木 そうですね。ビッグデータとまではいきませんが、データ活用で思い出したのが、青森県と大手ゼネコンが開発した橋梁管理のシステムです。橋梁の維持管理はこれまで、傷んだら直すかかけ替えるという対処療法的なやり方が主流でした。それではいつ、どれくらいの予算が必要なのか計画もたたず、下手をすると橋梁の一部が使えないまま放置される事態も想定されます。

 

そこで、「傷む前に直して、できる限り長く使う」という予防保全的な対応を可能にするシステムを開発したのです。このシステムは「点検支援システム」と「マネジメントシステム」で構成されていて、点検現場では一定の評価基準をまとめたハンドブックを参考にしながら検査員がタブレットにデータ入力します。集めた点検データは、専門家の協力を得て設定した劣化予測モデルに自動的に反映させ、高い精度で劣化予測と将来にわたる維持管理コストをシミュレーションします。

 

このシミュレーションをもとに、中長期的な維持管理予算の制約と橋梁の重要度に応じて、どの橋梁をいつどのように補修するのが一番効率的かを割り出します。そして、予算の変動と橋梁点検で把握される損傷度の変動に応じて、最適なやり方に修正できます。このシステムは現在、他の自治体にも広がっています。

 

ほかにも、国土交通省では地盤情報の共有化に取り組んでいます。公共工事、民間工事の際には地盤調査を行い、工事をするごとに地盤情報が集まります。それをクラウド的に共有するため、業界団体や研究者の協力を得て情報のプラットフォームとしてデータベースを構築することとしており、事業化の段階に入っています。

 

こうした例を見ると、ICTにしろAIにしろ、建設業の生産性を上げていくには、建設業以外の分野からも「ラージ建設業」ということで入ってきていただくことを期待したいですね。そういうビジネスチャンスが生まれるような環境整備も、行政でできる限り取り組んでいきたいと思います。

 

小倉 ぜひお願いいたします。

取材・文/古井一匡 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2018年4月9日に収録したものです。