昨年12月、下請代金の支払いについての通達が実に50年ぶりに見直され、さらに「下請中小企業振興法」の振興基準が大幅に改正された。下請法等の改正により、企業を取り巻く環境はどのように変わるのか。そして親事業者(発注者)として、どのようなサプライヤー(下請会社)の支援体制が求められるのか。第1回目は、「下請法等改正」の契機となった日本の中小企業の現状について、中小企業庁の安藤保彦取引課長にお話を伺った。聞き手は、売掛金の電子債権化事業に取り組むTranzaxの小倉隆志社長である。

労働人口の7割が「中小企業」で働く日本の労働環境

小倉 中小企業庁などが中心となって進めている中小企業向け対策は非常に多岐にわたります。メニューが多すぎて、中小の企業経営者には周知されていないものも少なくありません。昨年12月の下請法等の改正についても、まだご存じない経営者は多いかと思います。改正の経緯から解説いただけると助かります。

 

中小企業庁 取引課長 安藤保彦氏
中小企業庁 取引課長 安藤保彦氏

安藤 まずは、下請法等のルール改正に至った経緯について説明させてもらいます。ご存じのように、安倍政権は経済の好循環を実現するべく、約4年間にわたってさまざまな経済対策を打ってきました。いわゆるアベノミクスです。その一環として、政権発足当初から経団連などの経済団体を通じて、大企業に対して賃上げ要請も行ってきました。その結果、ベアと定期昇給を合わせた賃上げ率は昨年まで3年連続で2%を超えましたが、それは主として大企業の賃上げ効果が大きかった。

 

小倉 中小企業の賃上げ率は1%あまりですね。労働人口の7割が中小企業で働いているという日本の労働環境を考えれば、むしろこちらの賃上げを実現するほうが重要です。

 

 

安藤 おっしゃるとおりです。政府もまったく同じ問題意識を持ち続けていました。だからこそ、2015年の秋に、総理官邸から「中小企業の取引条件の改善にしっかりと取り組んでほしい」との指示があり、同年12月には官邸に「下請等中小企業の取引条件改善に関する関係府省等連絡会議」が設置されたのです。この会議の座長を務めたのは、当時は官房副長官の世耕弘成・経済産業大臣。世耕大臣をヘッドに、私ども中小企業庁や、公正取引員会、国土交通省、厚生労働省、農林水産省といったさまざまな業種・業界を所管する府省の幹部クラスで構成されています。

 

小倉 政府全体で中小企業対策に取り組むという意思の表れですね。

 

安藤 ポイントは、会議の名称が「取引適正化に関する」でなく、「取引条件改善に関する」となっている点です。関連法令を順守した「適正取引」を行うといったことは当然のことであり、それよりさらに踏み込んで、「取引条件の改善」にまで取り組んで欲しいという官邸の意向がにじみ出たものとなりました。

中小企業が「賃上げ」を実施できない原因とは?

小倉 具体的にはどんなことが、その会議で議論されているのですか?

 

安藤 まずは「下請等取引実態の把握に努めてほしい」との指示がありましたので、2015年12月から2016年3月にかけて、国内の大企業、中小企業それぞれに対する大規模なアンケート調査を実施し、さらには直接、全国の下請中小企業約200社にお邪魔して聞き取り調査も行いました。その調査の結果、中小企業が賃上げを実施できない原因が浮き彫りになりました。

 

例えば、自動車等の製造業においては、下請企業の経営者から「毎年、不合理な原価低減や値引き要請が来る」という生の声をお聞きしています。「円高のときには『経営が苦しいので協力してくれ』と値引きを余儀なくされたが、その後、円安に転じても還元されず、さらに『大量に仕入れるから単価を下げてくれ』と言われた」という方もいました。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏

小倉 どんな経済環境でも、原価低減圧力があるのなら、中小企業は設備投資や技術開発はもとより、従業員の賃上げもままなりませんね。労働人口の7割が中小企業で働いているのに、中小企業がR&D(研究開発)に投じているお金は全体の3%しかありません。そのごくわずかな研究開発費の背景にも、中小企業を取り巻く厳しい環境があるのでしょう。

 

安藤 そうなんです。ほかにも製造業では製品を量産するために金型を使用しますよね?本来なら量産が終了すれば不要になりますが、自動車などは修理用の部品やサービスパーツ、補給パーツを残さなければなりません。もしかしたらこの先使わないかもしれない金型を保有しなければならないので、専用の倉庫を借りている下請事業者もありますが、その保管料を親事業者は負担しようとしません。

 

一方で、使う機会のない金型を廃棄していいですか? と確認しても、まず受け入れてはもらえません。型の保管費用とスペースがかさむ一方というお声も多数お聞きしました。親事業者が原価低減を迫って利益を伸ばせば伸ばすほど、下請事業者が割を食うという構図ができ上がっている業界が少なくないのです。

 

小倉 製造業では手形決済も少なくありません。資金繰りにも苦労するのだから、ますます賃上げができないというスパイラルに陥りますね。

 

安藤 小倉さんはご存じでしょうが、下請法では親事業者の下請代金の支払期日を給付の受領(役務の提供を受けた日)後60日以内と定めています。要は60日以内に代金をお支払いしてくださいということですね。支払いに際して手形が振り出された場合には、金融機関で割引を受けない限り、満期まで現金化されません。その支払いサイトは、多くの業種で120日以内に定められています。

 

つまり、納品から60日後に満期120日の手形で代金を支払われると満額受け取れるのは半年先となる。仮に金融機関に持ち込んでも割引料は大半のケースで下請事業者の負担。このような、中小企業の現状を鑑みて、世耕大臣のイニシアティブのもと通称「世耕プラン」と呼んでいる、下請け中小企業対策の政策パッケージを昨年9月に公表させてもらったのです。

 

取材・文/田茂井治 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2017年2月13日に収録したものです。