日本の社会と経済を支えている建設業。直近は景気回復と東京オリンピックによる官民の建設需要で空前の好業績を記録しているが、重層下請け構造や就業者の高齢化など課題も多い。本企画では、建設業界の現状と将来展望について、国土交通省建設流通政策審議官の青木由行氏に、Tranzax株式会社代表取締役社長の小倉隆志氏がお話を伺った。第1回目のテーマは、「建設業」が果たす社会的役割についてである。

GDPの6%ほどを占める建設業の生産額

小倉 当社が手がける電子記録債権サービスの開発段階において、地方再生という視点から、地方銀行さんたちと一緒に北海道や広島で研究会を実施しました。その時、知ったのは、建設業の景況感が地方経済を左右するということです。地方経済においては建設業の比重が大きいと改めて感じた次第ですが、まずは、建設業の役割についてお聞かせください。

 

国土交通省大臣官房
建設流通政策審議官
青木 由行 氏
国土交通省大臣官房
建設流通政策審議官 青木由行 氏

青木 建設業の役割をひとことでいえば、暮らしや経済活動を支える、必要不可欠な存在だということです。東日本大震災など自然災害の復旧を担うことも、その役割の一つです。消防や警察、自衛隊が救援のために現地に入るには、まず道路機能を回復させないといけません。1車線でもとにかく通れるように瓦礫を処理し、段差なども直して救援ルートを開けることを「道路啓開」といいます。

 

これを行っているのが、地域の建設業者のみなさんです。あらかじめ協定を結んでいますが、自分たちも被災している中で直ちに出動してくれる。災害時の応急対応では本当に大きな役割を果たしていると思います。もちろん、道路、河川、堤防などのインフラ整備も建設業の大きな役割です。こうした社会インフラは、新しくつくるだけではなく、これからは維持管理をきちんとやっていかないといけない。

 

さらに、住宅建設や都市開発といった民間工事もあります。また、視点を変えると、建設業の生産額はGDPの6%ほどを占めます。景気が落ち込んでいるときは、底割れを防ぐため補正予算を組んで公共事業を行い、建設業から関連産業へとお金が流れるようにします。それが消費に結びつくということで、景気のカンフル剤として建設業への資金投入が語られることもあります。

 

小倉 アベノミクスで言われた3本の矢のうち、機動的な財政運営がまさに公共工事でした。

 

青木 金融緩和とあいまって短期の需要をつくる、いわばフロー効果としての役割ですね。そうした短期的な需要創造の役割も大変重要ではありますが、本質的にはインフラ整備は、その整備によって得られる中長期にわたる効果、いわばストック効果が本来の役割ではないかと思います。社会インフラが整備されることによって、道路の渋滞が緩和されたり、自然災害の恐れが軽減されたりする。これが中長期的にみて、経済活動の底上げにすごく重要なのです。ストック効果を引き出すインフラ整備こそ、建築業が担う一番重要な役割です。

 

今後、人口がどんどん減っていく中で、経済の潜在成長率をいかに高めていくかが問われています。教科書的にいえば、経済成長は労働投入量、資本蓄積、生産性の3要素に左右されます。

 

最近話題の「働き方改革」は、労働投入量の質と量の改善を目指すものです。資本蓄積というのは、社会資本と民間資本に分かれ、社会資本が整備されることで民間投資が触発され、資本蓄積が進むわけです。その結果、国全体や地域の生産性を上げていくことにもつながります。

 

アベノミクスのシナリオを考えたとき、インフラ整備とそれに触発された民間投資がきちんと回ることが重要で、これらを担う建設業が持続可能であることが大前提だといえるでしょう。

建築業界が抱える「10年後の課題」とは?

小倉 人口減少が進んでいく中で、建設業をどう維持するか。政策的にどのような対応をお考えですか。

 

青木 建設業の持続可能性を考える際、真っ先に挙げられるのが人手不足のことです。東日本大震災のときもそうでしたが、被災地では一時的にひっ迫することがどうしても出てきます。ただ、日本全体で見ればまだそれほどでもありません。建設投資のピークは平成4年の84兆円でした。それが42兆円まで落ち込んだあと、いま55兆円くらいになっています。ピークと比べれば、建設投資は約35%の減少です。

 

一方、就業者数はピークと比べると27%減で、3割も減っていません。建設業は生産性が低いと批判されることがありますが、そうはいっても昔に比べて省人化や機械化がかなり進み、生産性も上がっています。つまり、事業量が35%減っていながら、就業者が3割も減っていないということは、マクロでみれば基本的にはまだ大丈夫ということです。

 

問題は10年後です。建設業の持続可能性における本当の危機は、10年後に来ると我々は考えています。なぜなら、建設業は他産業に比べると高齢化が進んでいる業界の一つであり、人口ピラミッドで見ると60歳以上がかなりの比率を占めているからです。この世代はあと10年もすると現場から引退する見込みです。それと同じ数だけ新しい人が入ってくるかというと、かなり難しいでしょう。

 

Tranzax株式会社代表取締役社長 小倉隆志 氏
Tranzax株式会社
代表取締役社長 小倉隆志 氏

小倉 国民全体でみても、団塊世代の後、団塊ジュニアはいましたが、第三の団塊ジュニアはいないわけで、本当に大変なのはこれからですね。

 

青木 おそらく、一定数の新規就労者を確保した上で、生産性の向上を組み合わせることで初めて、持続可能な建設業としてインフラ整備や民間投資を支えることができるのだろうと思います。

 

ただ、入職してすぐ戦力になるかというと残念ながらそうではありません。今の建設業は一定の専門スキルが必要な作業が多くを占めます。また、建設現場は多くの企業が一緒に作業を進めるため、連絡調整などのコミュニケーション能力も必要です。

 

そうしたことから、一人前にできるようになるには10年必要といわれます。10年後の危機に備えるには、今すぐ始めても遅すぎるくらいです。成果が出るのがようやく10年後。そういう危機感を持った対応をしなければならない状況にあります。

取材・文/古井一匡 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2018年4月9日に収録したものです。