AIIB格付けに何らかの政治的考慮!?
国際格付け機関のムーディーズ(ム社)は昨年5月、中国のソブリン(主権)格付けをAa3からA1に引き下げたが(1989年以来)、その約1か月後、今度は中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に世銀等と並ぶAAAの最高格付けを付与した。
フィッチ、S&Pもム社とほぼ同時期、AIIBにAAAを付与したが、主権については、フィッチは従来のA+(ム社のA1に相当)を据置き、S&Pは9月、AA-(同Aa3に相当)をA+に引き下げた(99年以来)。S&Pは16年3月、中国経済見通しを「安定」から「ネガティブ」にしており、引下げは市場でかなり前から予想されていた。これにより現状、AIIBと中国主権に対する3社の格付けは横並びになっている。
ほぼ同時期に主権格付けを引下げ、AIIBを最高格付したム社は、AIIBについて、主にリスク管理を含むガバナンス構造と潤沢な資本・流動性を考慮し、向こう5〜10年間良好な経営が見通せるためとした。
その上で、債務膨張を理由に主権格付けを引下げたことについては(S&Pの引下げ理由も「長期間にわたる信用膨張が金融リスクを高めている」)、「中国は改革をする十分な時間的余裕があり、引下げは誇張されるべきでない」「資金流出入の管理、外債が少ないこと、資本市場がなお未発達なため、債務膨張が中国経済崩壊につながる可能性は小さく、市場は過度に心配すべきでない」「中国経済見通しは楽観的」と、1か月前の引下げを半ば否定するかような説明をした。
実はム社が主権引下げを発表した当日、中国の最強経済政策官庁である発展改革委はそのウェブサイトで(引下げに対する反論の体裁は採っていないが)高レバレッジ解消に向けた改革に触れつつ、国際決済銀行(BIS)の推計を引用して、次の主張を展開した(財政部もム社、S&Pの主権引下げの際、直ちに記者会見で同趣旨の反論)。
①中国の総債務対GDP比は16年9月255.6%。米国255.7%、英283.1%、仏299.9%、日本372.5%、先進国平均279.2%と比較して低い。
②増加速度は鈍化。16年9月末の前年比増加率は前期末の増加率より2.5%ポイント縮小、前期比は1.3%ポイント縮小、各々2期連続、3期連続鈍化。
③16年9月、金融を除く企業部門債務対GDP比は166.2%、前期末から0.6%ポイント低下、19期連続上昇の後初めて低下。企業の資産負債比率も17年3月、前年比0.7%ポイント低下。
④企業債務が高水準な背景に、銀行借り入れ中心の間接金融が主体という事情がある。他方、貯蓄率は50%前後で国際平均より高い。また国内債中心で、諸外国のように、外債が債務危機の引き金になるリスクは小さい。
AIIB格付けの際にム社がソブリン格付けについて行った説明は、ほぼこの発改委の主張をなぞったもののように見受けられる。
AIIBの格付けが発表された際、ム社が市場を安心させるため、AIIB格付けの機会を利用したとの憶測も流れた(2017年6月29日金融界)。しかし発表直後、上海、香港の株価はやや下げたがすぐに回復、また海外市場が中国経済をどう見ているかを図る指標の1つとされる豪ドル相場(豪が生産する原材料の大半が中国市場に輸出されるため)も若干下げただけだった。
市場の反応は限定的で、必ずしも市場の動揺を抑える必要はなかった。ム社がAIIBに最高格付けを付与すると、中国もム社の信頼性を批判し難くなるという面もあった。それだけに、ム社が中国経済を再評価し、AIIBに最高格付けを付与したことを正当化するかのような発言をした背後に、本来格付けにあたって考慮すべきでない何らかの要因が働いた可能性は排除できない。
主権格付け引下げ、中国内の反応は?
中国外から、中国経済は成長鈍化の中で債務が膨張しており、引き下げは妥当で、評価を不当とする中国当局の危機意識のなさこそ問題とする指摘がある一方(2017年5月28日付米誌Forbs他)、中国内の一般の反応は、米国サブプライム問題の時、国際格付け機関が自ら最高格付けを付与した債券を突然ジャンク債に引下げ、市場を混乱させた「無責任」を引き合いに、「ム社はわずかに残っていた信用も溝に投げ捨てた」と辛らつだ。
中国でよく言われる「男人靠(カオ)得住、母猪上樹」、(中国の女性は一般に男性は信用できないと思っており)男性が信用できるくらいなら、母豚は木に登ることもできるという表現にかけて、「穆迪(ムーディ)靠得住」と皮肉られた(つまり、ム社は信用できないという趣旨、2017年5月29日付中国語専欄)。
S&P引下げの際は、財政部、中国学者の間から「国際格付け機関は各国の実情を無視して一律の手法で格付けを行う誤りを犯している。善意の忠告と受け止めるにしても、削足適履、つまり中国は靴に合わせるため足を削る必要はない」「国際格付け機関は多くの場合、後視鏡、つまりバックミラー程度の役割。問題が発生している時に注意を向けず、問題が解決しつつある時になって注意し始める」といった声が聞こえる(2017年9月22日付新華社他)。