遺産を分ける四つの方法
「全部まとめて、法律の割合で分ければいいじゃない」
谷岡真一(42歳)と二郎(40歳)、三郎(38歳)の父の遺産分割は、二郎のその一言で終わった。
プラスの財産もマイナスの財産も、法律上の割合で分ければ、おそらく争いが少ないし、相続税が必要になった場合も公平だ。すでに母を亡くしていた真一、二郎、三郎の場合、法律の割合は3分の1ずつになる。
遺産分割の方法は四つある。
まず、この財産を長男に、この財産を次男にといった具合に相続人ごとに相続する財産を決める「現物分割」。
次に、相続財産が不動産しかないような場合に、不動産を売却し、売却代金を相続人で配する「換価分割」。
そして、分割したくないような財産がある場合、その財産を相続する者が、その他の相続人に対して金銭など、別の財産で清算する「代償分割」。
さらに相続した持分に応じて財産を共有する「共有分割」。
これらは、「あの土地はAが相続、あの不動産は換価分割」といった具合に組み合わせて使うこともできる。
なお、換価分割の場合には、財産を処分する際に所得税が課される可能性がある。また、代償分割の場合にも、不動産を取得した相続人が不動産を処分する際に利益が生じれば所得税が必要となり、その負担を考慮しておかないと平等な分割にならない可能性もあるから注意しなければならない。
財産別に相続人を決めるのは困難であったため、3人は、すべて3分の1ずつということで意見がまとまった。
共有不動産の悲劇
こうして、三兄弟は不動産を3分の1ずつの持分で共有することになり、相続した家には、真一一家が住むことになった。兄弟で必要に応じて使いまわし、固定資産税などは住んでいる人が支払えばいい、ということで話がまとまったのだ。
しかし、数年が過ぎたある日、事件は起こった。
「この家を売りたいんだけど」
と、二郎が突然言い出したのである。実は二郎はギャンブルにはまって借金をするようになり、返済資金に困っていたのである。ローン会社からの入れ知恵もあり、共有している家を売却することで、借金の返済資金を作ろうと考えたのだ。
不動産を共有している場合、不動産全体を売却するためには、共有者全員の同意が必要だ。自分の持分を売却することは可能であるが、他人との共有持分を購入してくれる人などまずいない。
こういうトラブルを防ぐためにも、不動産の共有は極力避けたほうがいい。兄弟で共有する時点でトラブルが起きなかったとしても、その次の代の相続で、いとこ同士で共有することになったら、話はいっそう複雑になるからだ。
人間関係は希薄になるのに共有者の人数は増える可能性があり、ますますややこしい権利関係となりかねない。
兄弟三人は、問題の家に集まり、話し合いをすることにした。
「俺たち家族は今、この家に住んでいるんだし、家を売るというのには賛成できかねるよ」
そう言う真一に、三郎も加勢した。
「そうだよ。売ってどうするんだよ。手間の分割にはたいした金額にならないだろうし、こうやって集まる家があるほうが便利じゃないか」
しかし、切羽詰まっていた二郎は、聞く耳を持たなかった。
「だいたい、俺も持主なのに、なんで兄貴だけが使ってるんだよ。俺には何の恩恵もないなんておかしいじゃないか」
と言って、相続時の約束を覆してきたのである。そして、
「もしこの家を売ることができないなら、俺の持分を買ってくれよ。真一兄さんでもいいし、三郎でもいいからさ」
たしかに、持分を購入するとしたら、真一か三郎しかいない。しかし、持分の売買とはいえ、不動産の売買だ。それなりにお金もかかる。
「ちょっと待ってくれよ。そんなこと急に言われても、お金だってないし、家族にだって相談しなくてはならないだろう」
真一は反論した。一方で三郎は、
「俺は住んでもいない家の持分をこれ以上増やしたくはないよ」
と言った。
3人の話し合いは、とうとう決着がつかなかった。
「買い取り」という悪質な提案
「家を売るのは難しいようなのですが」
二郎はローン会社に状況を説明した。すると、意外な台詞がローン会社から飛び出した。
「では、二郎さんの持分を私たちが買い取りましょうか」
「え?」
二郎は耳を疑った。共有不動産が自由に処分できないものだということは、ローン会社は百も承知のはず。それなのに、なぜ、二郎から購入しようなどと言い出したのか理解できなかったのである。
二郎はさすがに胡散臭さを感じ、ちょっと考えさせてほしい、と答えた。
実は、こういった共有持分を安く購入し、他の共有者に対し法外な賃料を請求したり、高く売りつけようとしたり、他の共有者から安く持分を購入しようとするなど、悪質な手口も考えられる。共有持分を赤の他人が買ってくれることなど、通常はありえないのだ。
二郎がしばらく黙っていると、ローン会社の担当者は、
「それではあの家にお住まいの方から、きちんと家賃を取ってはいかがですか? それを私たちへの返済に充てればいいわけですから」
と、妙に紳士的な態度で新たな提案をしてきた。
二郎は、重たい気持ちでローン会社を後にした。
共有不動産をいかに分割するか
一方で真一は、今後のことをあれこれと考えていた。
たしかに、このまま家を共有していれば、今後もこういったトラブルは起こりうる。
自分が亡くなれば、妻や子供がこの持分を相続するけれど、そうなると誰がこの家の所有者なのかわからないほど複雑になっていくかもしれない、と。
共有している不動産が更地であれば、共有物の分割、という方法もある。土地を分けることを「分筆」というが、持分割合に応じて土地を分筆すれば、それぞれが単独で土地の所有者となれるのである。
しかし真一たちの不動産は、建物とたいした広さもない土地。これを「分割」するのはあまり現実的ではない。
また、共有している土地を分筆して単独の所有者となるには、まず土地を測量し割合に応じて境界線を決めて分筆し、さらにその後、持分の共有物分割による交換の登記という手続きまで必要になる。かなり手間のかかる作業なのだ。
二郎から、家賃のやりとりをするという新たな提案もあったが、真一は、二郎から持分を買い取る方向で話を進めようと決心した。
土地の所有権と名義
売却価格については多少もめたものの、真一は二郎から持分を買い取った。
三郎の了解も得たうえで土地を担保に借金をし、二郎に支払ったのである。これで、二郎の借金はなくなり、真一が借金を負うというなんとなく皮肉な結果となった。
ところが、こうなると面白くないのは三郎だった。自分の不動産に抵当権が設定され、住むこともできず、お金ももらえず、三郎には何のメリットもなかったからだ。
しかし、真一はそれを理解していた。そのため、「二郎の土地代の借金が終わったら、三郎の土地を買うから」と約束し、三郎の気持ちをなだめたのであった。
ところで、不動産、特に土地の所有権は、相続や売買などを繰り返しているうちに、思いがけず複雑な関係になってしまうことが多々ある。そのため、登記簿によって状況を把握しておくことが重要だ。
不動産の登記簿は、一筆の土地または一つの建物ごとに作成されている書類だ。そこには、不動産の所有者や抵当権などの情報が記載されている。法務局に行けば、誰でも入手することができる。
実は、自分の土地だと思っていたものが、登記簿では他人名義になっているということもよくある話だ。一部が他人の名義だったということもある。
親の土地だと思って家を建てたが、他人の土地に家を建てて住んでいたという嘘のような話も、決して他人事ではない。
他にも、土地を入れ替えて使っているうちに、誰の土地だかわからなくなって、口約束だったために事実関係がわからずトラブルになることもある。
さらに、所有者が登記を忘れるなどの原因により、登記簿に記載されている所有者が本当の所有者ではないケースもあるからややこしい。
事実がわからない場合や、事情を知らない第三者にとっては、登記簿に記載されている者が所有者となる。
不動産は、共有を避けるなど権利関係をなるべくシンプルにし、事実に合わせてその都度登記をしておくことが大切なのだ。
真一は、二郎から持分を買い取ると、名義の変更についてもきちんと登記した。
法律の割合に頼りすぎたトラブル
それ以来、真一と二郎は疎遠になった。
真一は三郎にこれまでと同じ条件で家を使わせてもらうことになり、少しずつ借金を返済していった。
そして、二郎の持分を購入してから数年後、借金返済の目処のついた真一は、約束どおり三郎からも持分を買い取った。
名義変更をすると、不動産はすべて真一の名義となった。相続からすでに10年以上がたっていた。
真一は、何でも3分の1で分ければいい、という安易な発想で相続の手続きをしたことを深く反省した。
「全部まとめて、法律の割合で分ければいいじゃない」
思えば、この一言がトラブルの始まりだった。悪いのは二郎ではない。何も考えていなかった真一にも三郎にも、同じだけの責任がある。
実は、真一は、今回のトラブルを、家族にも包み隠さず話していた。なぜこんなトラブルが起きたのか、再び起こさないためにはどうしたらいいか・・・。
すべての問題が解決し落ち着いた真一は、最後の仕上げにとりかかった。
そう、不動産の登記簿を権利証や売買契約書と一緒に保管しておくと同時に、家族が不動産の相続でもめることのないよう遺言書を書き始めたのである。
相続や売買のトラブルを避けるために不動産の権利関係はできるだけシンプルになるようにし、事実に合わせてその都度登記をしておくことが大切だ。相続や売買の登記を一、二回怠っただけで、所有者が誰だかわからなくなるトラブルや、事実に合った登記をするために何人もの相続人に印鑑をもらわなければならない事態も起こりうる。なお、登記簿は年に一度は入手し、事実と合ったものかを確認するとよいだろう。