今回は、生前に引き受けた「連帯保証人」が相続トラブルに発展した事例を見ていきます。※本連載は、士業プロフェッショナルネットワーク・アールパートナーズ代表で公認会計士の平林亮子氏の著書、『〈新版〉相続はおそろしい』から一部を抜粋し、実際のトラブルをもとにしたフィクションを通じ、起こりがちな相続問題の事例を紹介します。

相続人はマイナスの財産も引き継ぐ

保証人になってはいけない――。

 

なんとなく耳にする言葉だが、春山良子(36歳)がその本当の意味を知ったのは、良子の父が亡くなってから何年もたってからのことだった。

 

良子の父、佐藤治夫は3年前に他界した。享年65。平均寿命と比べると少し早かったが、充実した人生を全うしたのだと家族は笑顔で見送った。

 

治夫は非常に情け深く、周囲への気遣いを欠かさない人であった。最期まで妻である佳織のことを気にかけ、佳織が暮らしていくに困らない財産と、それをきちんと相続できるよう遺言も残していた。

 

遺言書には、佳織が生活に困らないようにと配慮した財産の分割方法が記載されていた。良子と良子の兄である治樹に少しだけ預金を残し、残りはすべて佳織に相続させるという内容だった。

 

遺言と同時に、治夫は財産目録までしっかりと残していた。どこにどんな財産があるのか、時計や絵画といったものまで、どれくらいの価値のあるものか、詳細に記録してあった。借金がないことも、相続税が必要ないことも、財産目録に記載されていた。

 

相続人が相続すべき財産には、プラスの財産だけではなく、マイナスの財産もある。

 

一般的に、プラスの財産とは、現金や預金、不動産、株、ゴルフ会員権、車、家財、骨董品など、いわゆる金目のものだ。一方、マイナスの財産とは、借金や未払いの税金など、今後支払うべきものが該当する。

 

これらの財産が一覧表になっていれば、相続も、相続税の計算も非常にスムーズになるのだ。

 

良子たちは、治夫の遺言に従い、その財産を相続した。

保証人という目に見えない相続財産

しかし数年後、信じられないような出来事が起きた。佳織のもとに、とある銀行から書類が届いたのだ。中を見ると、500万円の借金があるから返済してほしいといった旨の内容だった。

 

佳織は借金と金額にパニックになり、すぐに良子に連絡した。

 

「しゃ、借金って、私何も知らないのよ」

 

借金が500万円!? 良子は突然の話に動揺した。しかし、自分の動揺が佳織に伝わらないよう、必死に平静を装って返事をした。

 

「わかった。落ち着いて。治樹兄さんにも連絡して、一緒に銀行に行きましょう。書類は捨てないでね」

 

良子はそう佳織に言いながら、自分にも「落ち着け」と言い聞かせた。きっと何かの間違いだ、と。

 

後日、治樹も伴って、書類を送ってきた銀行に行った。小さな応接室に通され、支店長という人が出てきて応対をしてくれた。

 

「あの、これはいったいどういうことでしょうか」

 

治樹がそう切り出すと、支店長は、やっぱりといった顔でうなずいた。

 

「ご存じありませんでしたか。実は、佐藤さんは、ご友人の連帯保証人になられていたのです。今回、ご友人の借金の残額500万円を保証していただかなくてはならない状況になってしまいまして・・・」

 

「れ、連帯保証人!?」

 

佳織は声が裏返り、そのまま言葉を失った。

 

そんな佳織の様子を見ながらも、治樹は冷静に聞き返した。

 

「私たちは、たしかに父からいろいろと相続しました。でも、そもそも保証人であることを相続しなければならないものなのでしょうか?」

 

支店長は静かに答えた。

 

「はい。みなさんが相続放棄をしたのでなければ、そういった法律上の地位も相続されたことになります。実は相続では、こういった目に見えない相続財産の存在が一番怖いんです。就職の保証人になったといったものは相続しないのですが・・・」

 

だから世間ではあんなに「保証人になってはいけない」と言われるんだわ。

 

良子は他人事のようにそんなことを考えた。

 

「お父さん、とても情け深い人だったからね」

 

佳織は複雑な気持ちで、そうポツリとつぶやいた。

 

[図表]相続財産(※3)とは

※1 相続税を計算する際の財産の範囲と、相続する財産の範囲は、厳密には少し異なる
※2 家や土地を借りているという地位も相続する
※3 債務に対する保証人の地位は相続するが、就職時の身元保証といった保証人の地位は相続しない
※1 相続税を計算する際の財産の範囲と、相続する財産の範囲は、厳密には少し異なる
※2 家や土地を借りているという地位も相続する
※3 債務に対する保証人の地位は相続するが、就職時の身元保証といった保証人の地位は相続しない

「保証人」と「連帯保証人」の違い

「今回、母にこういった書類が届いたということは、父が保証した友人が借金を返済できなくなったということですね?」

 

治樹はいたって冷静だった。

 

すると、支店長は申し訳なさそうに説明を加えた。治夫は友人の借金の連帯保証人となっていて、友人はきちんと借金を返済していた。しかし、その友人が数週間前に他界。友人の相続人が相続放棄をしたために、連帯保証人である佳織たちに白羽の矢が立ったのだという。

 

「もっとも治夫氏は、ご友人の連帯保証人になっていましたから、私どもはいつでも治夫氏にご友人の代わりに返済を要求することさえもできたんですけれどね」

 

「え? いつでもってどういうことですか?」

 

一口に借金の保証人といっても、単なる「保証人」と「連帯保証人」があって、両者はまったく異なる。保証人には、「催告の抗弁権」「検索の抗弁権」「分別の利益」というものが認められているのに対し、連帯保証人にはそれが認められていない。

 

催告の抗弁権とは、まずはお金を借りた張本人に返済させなさい、という権利。検索の抗弁権とは、お金を借りた張本人の財産からしっかり返済をさせた後でないと支払わない、という権利。分別の利益とは、保証人が数人いる場合、頭数に応じた平等の割合の金額しか責任を負わなくてよい、ということだ。

 

つまり、単なる保証人であれば、お金を借りた張本人がどうしてもお金を返せない状況が生じるまで保証をする必要はないということ。

 

連帯保証人には、これらの権利がない。そのため極端な話、お金を貸した側からすれば、いつでも、いくらでも、借金額を上限として、返済を求めることができるというわけだ。

 

治夫は友人の「連帯保証人」だったのだ。

当事者が相続を放棄しても保証人の地位は消えない

支店長の説明を頭の中で整理していた良子は、なんだか納得できない気持ちでいっぱいになった。

 

「でも、なんだかおかしくないですか? なんで先方が相続を放棄したのに、保証人である父が払わなくてはならないのでしょう。だって借金そのものが消えるのでしょう? そうしたら借金を保証していることだって、同時に消えてもいいじゃない?」

 

支店長はまたも、申し訳なさそうにこう答えた。

 

「それが法律上は保証は消えないのです。私どもとしましても、こういう場合のために保証人をつけていただくわけで」

 

これが、保証人の怖いところでもある。こちらの事情に関係なく、突然、その責任を負う事態が生じる。借金の当事者の相続人が相続を放棄した場合でも、保証人としての地位は残る。

 

「保証人になっていること」だけでは支出の必要もなく日常的には気付きにくい。そのため返済という支出を伴う「借金」以上に危険な場合がある。だからこそ、保証人になることについては慎重に判断し、また、それが相続されることを絶対に忘れてはならないのだ。

 

佳織は複雑な気持ちだった。保証人になることについて、家族には何の相談もなかった。でも、治夫が本当に周囲の人を大切にする優しい人だったからこそ、こういう事態が生じているのだ。実際、保証をした友人は、亡くなるまではきちんと返済を続けている。治夫は友人を心から信頼していたに違いない。

 

しかし、結果としては、残された家族が身に覚えのない500万円の借金を負ったも同然だ。厳密には借金とは異なるが、事実上は同じことだった。

 

佳織はふうっとため息をついて、震える声でこう言った。

 

「そうなると、この保証人となるのは私ね。遺産分割協議でも、新たな財産が見つかった場合は全部私が相続するってなっていたし」

 

そんな言葉を聞いた治樹と良子が「そういうことは言いっこなしだよ」と母をなだめていると、支店長はこう言った。

 

「実は、そういった事情に関係なく、法律上の相続割合に応じて保証人になるんです。つまり、私どもから見ますと、みなさん全員が連帯保証人になっているという状態です」

 

佳織は、声を震わせてさらにこう言った。

 

「この子たちにも借金を背負わせるということですか? そんな・・・」

 

借金の当事者の相続人は相続放棄でおしまい。保証人の相続人は全員で返済。

 

保証人になることは、相続人に皮肉な結果をもたらすことになるのだ。

 

なお、連帯保証に限らず、相続手続後に被相続人の新たな財産が見つかることは多々ある。そのため、遺言書や遺産分割協議書には、具体的にリストアップできた財産以外の財産が見つかった場合、どうやって相続するのかを盛り込んでおくことが重要である。

借金の当事者に支払いを請求できる権利とは?

治樹はそれでも冷静だった。

 

「私たちが保証をして、支払ったとしますよね? その場合、もともと借金をした人に対して私たちから返済を求めることはできないのですか?」

 

「ああ、求償権のことですね」

 

「キュウショウケン?」

 

首をかしげる良子に、支店長は説明を加えた。

 

保証人が借金をした張本人の代わりに支払いをした場合、その分は、張本人に請求することができる。これを「求償権」という。

 

「しかし申し上げにくいのですが、今回の場合は先方が相続放棄をされていますから、みなさんに求償権はありません」

 

良子は、治樹と支店長の話を聞きながら、呆然としていた。治夫が借りたお金でもなく、ましてや自分たちが借りたお金でもない。それなのに、お金を返済する義務が自分たちだけに降りかかってくるなんて。

 

良子は、「保証人になってはいけない」という言葉の意味を初めて知ったのだった。

 

佳織はしばらく黙っていたが、ゆっくりと顔を上げて言った。

 

「それでは、私たちも相続を放棄することにしましょうよ。それなら、保証人にもならないのでしょう?」

 

「母さん、それはもうできないんだよ」

 

相続放棄の期限は相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月。しかも、相続した財産を使ってしまったら、3ヶ月以内であっても認められないのが原則だ。

 

今回のように、まったく予期しない保証債務が発覚したとき、3ヶ月を経過していても、相続放棄が認められたケースがないわけではない。

 

とはいえ、そのための時間と労力と、放棄できる可能性を考えると、良子たちには、返済について考えていくほうが現実的な選択であった。

保証人になったら家族に報告しておこう

保証人にはなってはいけない、といいつつも、就職する、お金を借りる、家を借りるなど、人生のさまざまな場面で保証人を要求される。そのため、「保証人にはならない」といたずらに敬遠するのではなく、保証とは何か、保証と連帯保証の違い、保証人になったらどうなるか、どんな場合に保証をしなければならないか、家族への影響などを理解しておくことが必要だ。

 

また、他人の保証人となる場合には、家族にもきちんと話をしておかなければならないだろう。問題が生じれば、家族だって巻き込みかねないのだから。

 

「お父さんが保証した人は、本当に信用できる人だったんだろうね」

 

佳織がそう言うと、良子もうなずいた。

 

「そうね。お父さんは本当にただの保証人で、私たちもまったく気付かない状況だったのだからね」

 

だまされたり脅されたりして保証人になったような場合には、その契約そのものを無効にできる可能性もある。しかし、治夫の場合にはそれは当てはまりそうもなかった。

 

「親父と友達はそれでもいいかもしれないけれど、俺たちに大きな問題が生じたのはたしかだよ。借金を返済するために保険などで備えることも不可能じゃなかったはずだし、もっともっとちゃんと相談しておいてほしかったよ。少なくとも、財産目録にメモしておいてくれれば・・・」治樹はいつでも冷静だった。彼は一人静かに、借金の返済計画を作り始めたのだった。

 

保証人にはできるだけならないほうがよいが、何らかの事情で保証人となることを検討する場合には、事前に家族に相談すべきである。また、保証人となった場合には、家族に契約書と合わせて報告すべきである。いずれにしても、金銭について保証した場合の地位は、相続されることを忘れてはならない。目に見えない遺産がトラブルを引き起こす原因となりかねないのである。

本連載は、2015年10月30日に新版として刊行された書籍『〈新版〉相続はおそろしい』から抜粋したものです。稀にその後の法律、税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

<新版>相続はおそろしい

<新版>相続はおそろしい

平林 亮子

幻冬舎

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