社会問題を反映して自然発生するネット上の流行語
中国の「熱詞」、流行語は、政府や党主導で、当局に都合の良い言葉がメディアを駆使して流行語にされる場合が多い。例えば、2014年来の「依法治国」、法に則って国を治めること、前回述べた経済の「新常態」がそうだ。ここで、「法」はあくまで中国共産党が主導する「法」であり、また「新常態」は、認識に誤りはないものの、明らかに、ここへ来ての経済成長の鈍化を正当化する側面がある。
他方、急速な経済成長と深刻な所得格差から発生した社会的疎外感、必ずしも豊かさを実感できないこと、腐敗汚職に関連したものが自然発生的にネットに現れる点も現代中国的だ。「貧二代」「富二代」、貧困層は子供も貧困、富裕層は子供も金持ちという格差の固定化を示す表現はその典型、富二代については、中国語サイトに次のような投稿がある(2015年11月2日転載、博訊新聞網)。
王震の息子王軍、中国中信集団董事長、会社市場価値7014億元
王軍の息子王京京、中科環保副主席、同7.7億元
江沢民の息子江綿恒、中国網通創始者、同1666億元
朱鎔基の娘朱燕来、中銀香港発展規画部総経理、同1644億元
胡錦涛の息子胡海峰、威視公司総裁、同838億元
栄毅仁の息子栄智健、中信泰富主席、同476億元
温家宝の息子温雲松、北京Unihub総裁、同433億元
李鵬の息子李小鵬、華能電力董事長、同176億元
李鵬の娘李小琳、中国電力副董事長、同82億元
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そのうえで、同投稿は、役所の調査報告によると、億万富豪の9割以上は元々富豪の子弟で、うち2900人余の子弟だけで合計2兆元以上の資産を有しているとしている。
「土豪」、「土気的富豪」を略した表現で、野暮ったい金持ちといったニュアンスになるが、もともとネットゲーム上の教養はないが金持ちで浪費癖のある登場人物に由来する。これも、「土豪」に対する人々の軽蔑と羨望の入り混じった微妙な感情、ひいては社会の階層分化・貧富の拡大を表す「社会学・政治学上の用語」になりつつある。
1億人を突破した「一人暮らしの高齢者」が生んだ言葉
社会的疎外感は、「向銭看」や「打醤油」といった表現に典型的に表れている。かつて中国社会では、文革時代を中心に、個人崇拝が支配的で、そのために人々の個としての主体が喪失していたが、現在は「向銭看」(拝金主義、同じ発音で前向きという意味の「向前看」をもじったもの)と、皮肉交じりに言われるように、人間関係の商品化・物質化による個の喪失へと異化しているとされる。
近年、ネット上で若い世代が良く使う「打醤油」、元来は、容器を携えて醤油を買いに行く中国の古い習慣から来ているが、今は「自分は(醤油を買いに)路を通りがかっただけで、(そのもめ事とは)関係ない、何も知らない」、「政治やその他敏感な事は話題にしない」という意味で多用される。ネット上でこれらの表現が流行する背景には、高成長を続けてきた影の部分で、人々の閉塞感・疎外感が高まっていることがあるのではないか。
中国の高成長を支えた農民工、農村から都市への出稼ぎ労働者が増え、また少子高齢化から、一人暮らしの高齢者や農村に一人取り残された子供が増加、「空巣老人」「留守児童」といった流行語も出現した。
「空巣老人」は2013年1億人を突破、高齢者の半数が一人暮らし、また「留守児童」は約6000万人と言われる。こうした新語が、社会保障制度が未整備であることに対する社会の危機感を表し、政府に最低賃金引き上げなどの格差是正対策や、一人っ子政策撤廃を促す要因のひとつになっているのかもしれない。