▼再び帝都、大劇場(グランテアトロ)
そばかす娘「わあ……。ここが一等席……」
女騎士「帝都歌劇団の『コケモモ物語』を見られるとは。楽しみなのだ!」
司祭補「楽しみですわねぇ」
幼メイド「楽しみなのです!」
黒エルフ「ありきたりな恋愛物語でしょう? 何がそんなにいいんだか……」
銀行家「たしかに、高尚な哲学のある物語ではないかもしれません。ですが、万人の心を動かすことも、芸術にとっては大切なことだと思いますよ」
黒エルフ「そうは言ってもねえ……」
そばかす娘 ポロポロ……
司祭補「まあ! どうなさいまして?」
女騎士「目にゴミでも入ったか!」
幼メイド「何か悲しいことがあったのです~?」
そばかす娘「ううん、違うよ。ただ……ここは、夢にまで見た大劇場の一等席だ。この席で憧れの劇を見られるなんて……。何だか、胸がいっぱいになっちゃって」
ぐすっ
黒エルフ「才能が正しく評価された結果よ。胸を張るべきだわ」
そばかす娘「女騎士さん、ダークエルフさん、司祭補さま……。3人には感謝してもしきれないよ!」
女騎士「私はただ背中を押しただけだ」
そばかす娘「だけど、女騎士さんに出会わなかったら、私はきっと領主様の妾になっていたと思う。ありがとう……。本当に……ありがとう、ございます……」
▼再び、帝都・中央広場
書籍商「さて、本日ご紹介しますのは『純情娘の詩集』でございます。港町で大流行を巻き起こしている大ベストセラーです! お立ち会いのみなさまは、流行に敏感な方々とお見受けします。ぜひとも1冊、この詩集をお手元に置いてみては?」
通行人たち「ふぅん」
ぱらっ
通行人・男「これが『本』だって? サイズは小さすぎるし装丁は貧相そのもの。本というより、ただの紙束じゃないか!」
観衆 ハハハ!!
書籍商「おっしゃる通り、これは『八折り版』の本でございます。小さく携帯性に優れた本を作るための印刷方法です。また、装丁が簡素なのは、お求めやすい価格でご提供するため……」
通行人・男「いくら安いと言っても『本』は高級品だろう。1万Gは下らないはずだ」
書籍商「驚くなかれ、この詩集は1冊200Gでございます」
観衆 ざわっ……
老人「貧しい女中でも、3~4日分の賃金で買えるのう……」
子供「ねぇ、パパ! あの本を僕に買ってよぉ〜!」
通行人・女「買うわ! 私に1冊ちょうだい!」
通行人・男「バカな! 本を1冊200Gで売って採算が取れるはずがない!」
書籍商「ところが、採算が取れるのでございます。八折り版や装丁を簡素にしたのはもちろんですが……何より、『活版印刷』という発明のおかげです」
通行人・女「字の形が揃っていて読みやすいわ。買わなきゃ損よ!」
書籍商「この本を持ち歩くのは、つまり文字を読めるという証拠。みなさまの教養深さを示すのに、これに勝る方法はありますまい」
通行人・男「たしかに私も文字は読めるが……」
書籍商「意中の乙女の前で、この詩集を朗読してごらんなさい。きっと、乙女心をとろかすに違いありません!」
通行人・男「ううむ……。そこまで言うなら私は3冊買おう。友人に配りたいからな」
老人「あたしには5冊くれるかい? 孫たちに読み書きを教えるにはちょうどいい」
子供「僕にも1冊ちょうだい!」
観衆「私にも!」「私にも!」
書籍商「毎度ありがとうございます。どうか慌てず順番に──」