毎日届く「今日は来る?」――長男が迷った最初の2週間
結局、浩一さんはその日は母の部屋にしばらく残り、夜になってから帰宅しました。翌朝、文子さんから電話がかかってきます。
「今日は来る?」
仕事があるため、その日は行けません。
翌日にも同じような連絡がありました。浩一さんは迷いました。
「安心して暮らしてもらうために入居したのに、これでは前より母を一人にしている感じがしてしまって」
とはいえ、仕事を終えて毎日車で1時間かけて通うことも現実的ではありません。文子さんに理由を聞くと、「何かが嫌なわけではない」と言います。
「夜になると知らないところに一人でいる感じがするの。家だったら、全部どこに何があるか分かっていたでしょう」
入居前には設備やサービスを確認していました。しかし、廊下を歩く人の気配や窓から見える景色、食事の時間など、実際に暮らして初めて分かる変化もあります。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』では、子どもがいる高齢者の今後の居住意向について、「同居したい、同居を続けたい」が23.2%、「同居ではなく近居したい」が32.8%、「同居か近居のどちらかをしたい」が12.9%でした。また、同居・近居を希望する人にそのメリットを尋ねると、88.7%が「ちょっとした手助けが必要な場合に安心して過ごせる」、43.9%が「自立した生活ができなくなった場合に世話をしてもらえる」と答えています。
そこで浩一さんは、毎日会いに行くのではなく、施設側にも母の様子を相談しました。
夕食を自室だけで取らず、共用スペースを利用する日をつくる。スタッフと顔を合わせたときには声をかけてもらう。浩一さんも「行けたら行く」ではなく、水曜の夜と日曜の午後など、訪ねる日をあらかじめ伝えるようにしました。
文子さんにも少しずつ変化が出てきます。入居から2週間ほどすると、同じ階に住む女性と食事の際に話すようになりました。
ある水曜日、浩一さんが電話すると、母から「今日は来なくても大丈夫」と言われたそうです。
「食堂で話してたら遅くなっちゃったから」
浩一さんは、その言葉を聞いて少し安心しました。
数ヵ月経ち、文子さんは新しい生活のリズムをつかみ始めています。息子が訪ねれば喜びますが、帰り際に「泊まっていけない?」と言うことはなくなりました。
「入ればすぐ安心するものだと思っていたんです。でも母に必要だったのは、設備だけじゃなくて、ここでの生活に慣れる時間だったんでしょうね」
浩一さんはそう振り返ります。
サ高住への入居によって、すべての人が同じ経過をたどるわけではありません。新しい環境に早く馴染む人もいれば、時間が必要な人もいます。入居を決める際には設備や費用、サービス内容を確認するだけでなく、入居後に本人がどのように生活を組み立てていくのかまで考えておくことが大切です。家族だけで支えようとせず、住まいのスタッフとも相談しながら、新しい場所を日常にしていく時間を確保することも必要でしょう。
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