国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査[平均給与]」によると、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は460万円(男性569万円、女性316万円)となっています。前年(458万円)比で0.4%の微増となっているものの、相次ぐ物価高騰のなかで、「平均的な水準」で日々の暮らしを維持し、心のゆとりを持つことは決して容易ではありません。事例を通して、変化に強い家計の作り方とマネー戦略を探っていきます。※事例の人物名はすべて仮名です。
「たった10年、贅沢三昧でした」“年収1億円”から“年収450万円”になった56歳男性が明かす、いま幸せを感じる〈たまの贅沢〉…転機は「安い肉なんて食べられない!」と妻が鍋をひっくり返した日 (※写真はイメージです/PIXTA)

タワマンの中で失っていった「家族の表情」

「年収が億を超えていたあの10年間は、まるで夢の中にいたようです。でも、どちらの暮らしが幸せだったかと聞かれると、実は簡単には答えられないんですよ」

 

そう話してくれたのは、都内の会社で働くケイジさん(56歳)。現在の収入は世間で平均的とされる水準ですが、かつて自営業として事業を大成功させ、10年ほど富裕層の贅沢を味わい尽くした過去を持ちます。ケイジさんが30代後半で興した会社は、時代の波に乗り急成長を遂げました。ピーク時の年収は1億円をあっさり突破。都心の高級タワマンに暮らし、外車を乗り回し、連日のように夜の街で一晩数百万円を使う生活が続きました。

 

「当時はお金で買えないものなんてないと思っていました。妻のミナや二人の子どもたちにも、なんでも買い与えていましたね。誕生日にはブランドバッグ、休みには海外旅行。でも、肝心の『会話』がまったくなかったんです」

 

多忙のため家に帰らず、家族旅行に出かけても、片時も携帯電話を手放さずに仕事の連絡を続ける日々。家族に贅沢な暮らしをさせている自負はありましたが、妻や子どもたちがなにを考え、なにに悩んでいるのかには目もくれませんでした。

 

「お金で喜ばせているつもりで、あのころの私は、家族の大切さを本当の意味で理解できていませんでした」

転落した理由

しかし、栄華は長く続きませんでした。40代後半になると競合他社の参入や市場の変化により、ケイジさんの事業は急速に悪化。必死の資金繰りも虚しく、会社を畳むことになりました。その後、別の事業を立ち上げようとしましたが、どれも上手くいかずとん挫。心が折れ、タワマンを手放し、一気に収入が激減したケイジさん。しかし、本当の試練はそこからでした。

 

「一度上がった生活水準を落とすことは、想像を絶する苦しみでした。タワマンの売却益で日銭は賄えましたが、家庭は地獄絵図でした。妻は取り乱し、毎晩のように怒鳴り合いの喧嘩になりました。『どうしてこうなるまで相談しなかったの!』『子どもの将来はどうするのよ!』と激しく責め立てられ、夫婦関係は完全に冷め切っていましたね。一度覚えた贅沢な暮らしを捨てることは、彼女にとっても大きな苦痛だったんです」

 

ついタクシーに乗ってしまったり、着ていくところもなくなったのに、深夜のネットサーフィンでブランドものの服を衝動買いをしてしまったり、物欲との闘いの日々だったといいます。