(※写真はイメージです/PIXTA)
タワマンの中で失っていった「家族の表情」
「年収が億を超えていたあの10年間は、まるで夢の中にいたようです。でも、どちらの暮らしが幸せだったかと聞かれると、実は簡単には答えられないんですよ」
そう話してくれたのは、都内の会社で働くケイジさん(56歳)。現在の収入は世間で平均的とされる水準ですが、かつて自営業として事業を大成功させ、10年ほど富裕層の贅沢を味わい尽くした過去を持ちます。ケイジさんが30代後半で興した会社は、時代の波に乗り急成長を遂げました。ピーク時の年収は1億円をあっさり突破。都心の高級タワマンに暮らし、外車を乗り回し、連日のように夜の街で一晩数百万円を使う生活が続きました。
「当時はお金で買えないものなんてないと思っていました。妻のミナや二人の子どもたちにも、なんでも買い与えていましたね。誕生日にはブランドバッグ、休みには海外旅行。でも、肝心の『会話』がまったくなかったんです」
多忙のため家に帰らず、家族旅行に出かけても、片時も携帯電話を手放さずに仕事の連絡を続ける日々。家族に贅沢な暮らしをさせている自負はありましたが、妻や子どもたちがなにを考え、なにに悩んでいるのかには目もくれませんでした。
「お金で喜ばせているつもりで、あのころの私は、家族の大切さを本当の意味で理解できていませんでした」
転落した理由
しかし、栄華は長く続きませんでした。40代後半になると競合他社の参入や市場の変化により、ケイジさんの事業は急速に悪化。必死の資金繰りも虚しく、会社を畳むことになりました。その後、別の事業を立ち上げようとしましたが、どれも上手くいかずとん挫。心が折れ、タワマンを手放し、一気に収入が激減したケイジさん。しかし、本当の試練はそこからでした。
「一度上がった生活水準を落とすことは、想像を絶する苦しみでした。タワマンの売却益で日銭は賄えましたが、家庭は地獄絵図でした。妻は取り乱し、毎晩のように怒鳴り合いの喧嘩になりました。『どうしてこうなるまで相談しなかったの!』『子どもの将来はどうするのよ!』と激しく責め立てられ、夫婦関係は完全に冷め切っていましたね。一度覚えた贅沢な暮らしを捨てることは、彼女にとっても大きな苦痛だったんです」
ついタクシーに乗ってしまったり、着ていくところもなくなったのに、深夜のネットサーフィンでブランドものの服を衝動買いをしてしまったり、物欲との闘いの日々だったといいます。