(※画像はイメージです/PIXTA)
家族以外の人との関わり
わたしはお母さんと春香さんに次のステップとしてデイケアプログラムを提案しました。
春香さんがデイケアの料理のプログラムに参加したのは、初診から50日後のことでした。わたしは、春香さんの様子を見学に行きました。
春香さんは、隣にいる参加者からのアドバイスに笑いながら、玉ねぎのみじん切りに挑戦していました。春香さんは、料理は少しできますが、玉ねぎのみじん切りは苦手だったようです。それでも、会社にいた頃と違って、たとえ下手でも、誰からも否定されない環境にいます。
その日、春香さんは、迎えに来てくれたお母さんの車に乗り、窓の外を流れる夕焼けを見ていました。そのときの車の中での会話を後から教えてくれました。
「玉ねぎのみじん切り、涙が出たけど……、楽しかった」「そう」余計な会話を重ねないことが、いまの2人のルールになっています。
デイケアに参加するようになってから2カ月後のことです。お母さんと一緒に来院した春香さんは、診察室に入るなり、わたしに笑顔で話しかけてきました。
春香:半年前の自分が、別の人みたいに思えてきました。
広岡:いまの春香さんが、本来の春香さんですよ。ただ、妄想や幻聴はなくなっても、まだ心は回復段階ですから、薬は飲み続けてくださいね。わたしが大丈夫だと判断できてから、少しずつ減らしていきましょう。
春香:実は、たまにですが、誰かに見張られているような気がするときがあります。そういうときは、先生から教えられたように『現実じゃないよ』と、自分に言い聞かせるようにしています。そうすると、心が落ち着いてくるようになりました。
「半年前と別人」という言葉に、お母さんは頷きながら、ハンカチで目頭を押さえていました。半年前には、病気だったとはいえ、娘から「お母さんに殺されるかもしれない」と言われたのですから無理もありません。
お母さんは、わたしのアドバイスに従って「励ますより寄り添う」ことを心がけてくれました。春香さんは、お母さんの愛を信じられるようになりました。少しずつ笑顔が増え、安心感を取り戻し、同じ悩みをもつ人々との共感的なやり取りも増えていきました。日常で笑う、誰かのために動く、感謝される。その積み重ねが、春香さんの確かな変化につながったのです。