定年後の「地方移住」は、生活費を抑えつつ自然豊かな環境で過ごせる選択肢として根強い人気があります。しかし、十分な資産と周到な計画を持って移住したはずが、思わぬ誤算に直面するケースは少なくありません。新幹線駅近の好立地へ転居したある夫婦のケースを見ていきます。
〈年金月25万円〉〈退職金3,200万円〉65歳夫婦が地方移住。「新幹線駅徒歩5分・温泉付きマンション」へ転居も、まさかの大誤算に「何かの間違いでは」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「東京まで1時間」がアダに…下がらなかった生活費

「こちらの生活費は東京の7割程度で済むと聞いていたんですが……。家計簿をつけてみたら、現役時代より出費が増えていて驚きました」

 

苦笑いしながら語る、高橋健二さん(72歳・仮名)。都内から1時間ほどの新幹線駅エリアに移住し、すでに8年目だといいます。都内・大手企業で60歳定年まで働き、その後、65歳までは契約社員として勤務。現在は同い年の専業主婦の妻・陽子さん(仮名)と2人暮らしです。

 

夫婦の年金額は月約25万円。定年時に受け取った退職金3,200万円と貯蓄を合わせれば6,000万円近い資産があり、金銭的には余裕があったといいます。移住の決め手は、その絶妙な立地でした。購入したのは新幹線駅から徒歩5分ほどのマンション。温泉付きで、窓からは雄大な自然が望めます。

 

「田舎暮らしに憧れるものの、夫婦ともに都会生まれ都会育ちなので、不安がある。でもここなら、新幹線に乗れば自宅を出てから1時間後には銀座でお茶ができる。『いいとこ取り』の生活だと思ったんです」

 

東京の自宅を売却し、キャッシュで3,800万円のマンションを購入。物価の安い地方なら、年金の範囲内で余裕のある暮らしができる――。そんな皮算用は、移住してすぐに崩れ始めました。

 

「誤算だったのは、私たちの生活スタイルが『東京仕様』のままだったことです」と妻の陽子さんに苦笑い。

 

「移住先では日常品を買うには不便はありませんが、ちょっとこだわりのものを買いたいときには、東京に出るのが早い。結局、『新幹線ですぐだし』と、週末のたびに東京に行くことが多いんです」

 

健二さんも同様です。友人の多くは東京に住んでおり、ゴルフや飲み会の誘いがあれば、気軽に応じます。

 

「『ちょっと飲もうか』となれば、往復1万円強の新幹線代がかかります。でも、時間がかからないから『遠出』という感覚がない。東京にいた頃と同じ感覚で友人と会い、妻は東京の美容院に通い続け、デパ地下で惣菜を買って帰ってくる。交通費だけで月10万円近く飛んでいく月もありました」

 

地方にいながら東京の利便性を享受できるはずが、実際は東京への高い交通費を払いながら、地方暮らしを続ける生活。大きすぎる誤算だったといいます。

 

「こっちにも友人はできましたが、東京いる友人のほうが付き合いも古いですし。結局、頻繁に東京に足が向くんですよ。貯蓄の減り具合は本当に想定外です。最初に家計簿をみたときは、『何かの間違いでは?』と、思わず二度見したものです」

 

今のところ、貯蓄で取り崩しで対応しているものの、夫婦ふたりとも後期高齢者になった際には、再び東京に戻ることも検討しているといいます。