(※写真はイメージです/PIXTA)
★地元に東京・大企業のやり方を伝えるつもりが…
佐伯隆史さん(仮名・51歳)。遡ること1年前、大手IT企業の部長として、忙しい毎日を送っていました。当時の年収は1,500万円ほど。世の中的には「エリート」と呼ばれる存在でしたが、激化する社内派閥争いと、コンプライアンス順守のプレッシャー、さらには若手のマネジメントに悩み、心身ともに摩耗していたといいます。
深夜のチャット連絡は当たり前、休日も接待ゴルフ。当時の口癖は「もう限界だ、誰もいない静かな場所に行きたい」でした。そんな矢先、会社が早期希望退職者を募集し、佐伯さんは真っ先に手を挙げました。十分な資産と割増退職金2,500万円を手に、地元の田舎に戻り、のんびりと働く――。そんな青写真を描いたそうです。
佐伯さんは地元に戻り、経営コンサルタントとして起業。「大企業で培った『効率的でスマートなやり方』を持ち込めば、遅れている地元経済を活性化させられる」と考えました。
「地元の商工会議所や商店街の会合に顔を出しました。最初は『東京から優秀な人が帰ってきた』と歓迎されたんです。でも、彼らの会議はあまりに非効率でした。本題に入る前に1時間の雑談、決まらない議題、そして根回しだけの飲み会……。私はこれじゃダメだと思い、改革を提案したんです」
ある日の会合で、佐伯さんは痺れを切らして発言しました。
「これだけ集まって何も決まらないのは時間の無駄だ、事前の根回しや飲み会で物事を決めるのは止めようと。もっと数字に基づいて、会議の場だけでスピーディーに決断すべきだと主張しました」
正論でした。大企業であれば、誰もが頷く正しい指摘でした。しかし、その場の空気は凍りつき、地元の有力者である建設会社社長が静かに口を開いたといいます。
「あんたの言うことはもっともだ。でも自分たちは理屈だけで動いてるんじゃない。義理で動くこともある」
さらに後日、周囲からは「私の話は、正しすぎて誰もついてこない」と言われてしまい……。 その日を境に、佐伯さんの携帯電話はパタリと鳴らなくなり、「コンサルタントとして知恵を借りたい」という話もなくなりました。地域社会は、大企業の理屈を振りかざす佐伯さんを必要とはしなかったのです。
「地方には地方のやり方がある……正論だけではいけないということですね。まさしく、郷に入っては郷に従え、でしたね」