高齢化が進む現代、社会とのつながりを失い、孤立感を深める高齢者の問題が深刻化しています。退職や死別をきっかけに、誰とも言葉を交わさない日々が日常となる現実――ある男性のエピソードから、高齢者の孤立の実態についてみていきます。
 「声の出し方さえ忘れそうになる」…〈年金月10万円〉市営団地暮らしの76歳男性、コンビニ店員の挨拶に感じた〈身に染みる温もり〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

透明人間になった気分だ…

築50年を超える市営団地・2DKで1人暮らしをする田中健一さん(76歳・仮名)。部屋にある必要最低限の家具・家電は、ゴミ同然だったものをもらってきたのだとか。たまに映らなくなるテレビもそう。田中さんの毎日は、朝起きてテレビをつけ、夜に眠るまで、誰とも言葉を交わさないまま過ぎていくといいます。

 

「気がつくと、もう1週間も誰とも話していないんです。喉を使わないから、たまに宅配便が来たときに返事をしようとすると、声が掠れて出ないことがある。声の出し方さえ忘れそうになる……自分が社会から透明人間になってしまったような気分になります」

 

田中さんの収入は月10万円程度。現役時代は中小企業の営業職として働いていたこともありますが、厚生年金への加入期間が短く、老後の蓄えも十分ではありません。妻には10年前に先立たれ、ひとり息子とは疎遠になっており、連絡先もわからない状態だといいます。

 

家賃が安い市営団地での生活は、経済的には何とか成り立っています。

 

「家賃は月4万円を切るくらい。ここは1階が一番高くて、階数があがると少し安くなる。4階まで階段であがるのは大変だけど、月2000円は違う。バカにならない」

1年前までは物流会社の仕分けの仕事をしていましたが、足腰を痛めたことでフェードアウト。そのまま仕事からは遠ざかっています。生活を楽しむ余裕はなく、「お金がかかるから」と、たとえば地域の老人クラブやサークル活動に顔を出すことはありません。


「仕事もないし、近くに知り合いもいないし。金がかかるから、人付き合いもほんとないから。人と会うのは、近所のコンビニくらいかな」

 

19時を過ぎたころにコンビニに行くと、おにぎりやチルド弁当に値引きシールが貼られることがあるのだとか。

 

「いつもあるわけじゃないけど、天気予報が外れたときなんかに行くと、廃棄が多くなるからだろうね、シールがべたべた貼られているのさ。それを狙って行くんだよ」

 

さらに目的はもうひとつ。毎日のように通うと、顔を覚えられ、「いつもありがとうございます」と声をかけてくれるといいます。

 

「あれはマニュアルにはない対応だと思う。私に向けられた言葉だと考えると、たまらなく嬉しいよね」