特定の資格が必要とされ、AIでは代替不可能な業種は遂行できる人材が限られています。そのため、企業のなかには優秀な人材を確保することを優先し、破格の賃金を条件に中途採用を行うケースが増えているといいます。今回は、サーチ・ビジネス(ヘッドハンティング)の先駆者である東京エグゼクティブ・サーチ(TESCO)代表取締役社長・福留拓人氏が、企業が行う最新の人材雇用戦略について解説します。
熾烈を極める“AI代替不可”の人材争奪戦…破格の好待遇で“勝利”を目論む企業が抱える「新たな悩み」【転職のプロが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

国家資格者の獲得競争が激化

直近の経済情勢を眺めてみると、消費者物価の上昇や大手企業の賃上げなど、さまざまな要素がインフレの傾向にあります。その一方、人材紹介の最新現場を見てみると、中途採用で迎える人材に対し、従来の常識的な範囲を大きく超える高額オファーを提示するケースが、もはや珍しくなくなってきました。

 

特定の国家資格を要し、AIなどによる代替が困難と見られる職種はその典型です。少々乱暴に聞こえるかもしれませんが、求職者側からすると「年収以外に判断基準がほとんど存在しない」状況すら生まれています。企業の魅力や将来性といった金額では測れない価値もありますが、こうした“代替困難”な職種では、高額な年収提示ができる企業が有資格者の争奪戦を制するという、極端な構図が現実になりつつあります。

 

具体例として、土木系・電気系の管理技士や技術士など、国家資格者の獲得競争はこの15年ほど衰えることがありません。売り手市場が続き、どの企業も採用が充足したという話はほとんど耳にしません。1人の求職者に30件以上のオファーが届くことも珍しくなくなりました。求職者側も大変ですが、採用に本気で取り組んでも狙った人材を確保できず、疲弊する企業の姿には同情を禁じ得ないものがあります。

相場の“倍”…高額な賃金で人材獲得の勝負に出る企業も

ある業種では、かつて年収700万~850万円が相場とされ、各社はこのレンジ、あるいはそこに10~15%程度上乗せした水準で人材獲得のせめぎ合いが展開されていました。しかし今年(2025年)の下半期に入り、企業側の「終わりの見えない神経戦から抜け出したい」という思いからなのか、倍に金額に跳ね上げて他社を引き離し、採用競争に決着をつけようとする“武闘派”の企業まで登場しています。前述の通りやや乱暴な状況ですが、求職者が「どの会社に行っても仕事内容に大きな差が出にくい」と評価する特殊事情も後押ししているようです。

 

年収800万円の人材に対して1,500万円を提示されれば、追随する企業はごく少数に限られます。大半は「現実的ではない」と判断し、早々に撤退してしまうのが普通です。もし1,500万円が一時的な“暴発的オファー”であれば自然に収束するでしょう。しかし近年は、資材や人件費などの高騰を価格に転嫁し、高い価格設定に成功している企業も増えつつあります。倍は難しいにせよ、1.5倍水準ならインフレとして定着してしまう可能性があるのです。

 

そうなると、その流れに乗り遅れた企業は、取り返しのつかないディスアドバンテージを抱えることになりかねません。報酬水準が適切かという議論は残るものの、「採れない人材に時間をかけるより、高報酬で短期決着を狙う」という企業の出現が、全体の構造を変えつつあるのです。

既存社員との「賃金格差」という悩み

最近、企業から私たちへの相談で増えてきているのが、「高い賃金を払う覚悟はできている。しかし数年前に入社した社員との賃金格差をどう埋めるべきか、答えが出ない」というものです。

 

頭では理解していても、そのハレーションを埋める妙案が浮かばず、結果として採用を断念せざるを得ない企業が多いのが実情です。そういう企業を数多く見てきました。しかし、一方で、この状況を打破するため、具体的に動き始めている企業も現れています。

 

こうした中で注目を集めているのが、エグゼクティブサーチ(ヘッドハンティング)による高度人材のスカウティングと、自社の評価制度を見直すコンサルティングを組み合わせた「抱き合わせ型」のアプローチです。2025年の年末を迎える今、こうしたサービスが今後2~3年の人材ビジネスの主役に躍り出る気配が濃厚になってきています。

 

 

 

 

 

福留 拓人
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社
代表取締役社長