会社員であれば誰もが憧れるFIRE。自由を手に入れることと、長い人生を支えていくことは、必ずしも同じではありません。想定通りに積み上げた資産であっても、親の介護や予測不能な支出が一気に計画を狂わせることがあります。社会の変化や家族の事情を踏まえた視点が、計画を「本当に持続可能なもの」へと変えていくのです。
こんなはずじゃなかった…〈貯蓄8,000万円〉47歳FIRE達成。悠々自適のはずが…2年後、完璧な人生設計を崩壊させた「1本の電話」 (※写真はイメージです/PIXTA)

人生の支出は「自分事」だけではない…FIRE実現後の落とし穴

医師から告げられたのは、芳子さんの一人暮らしはもはや不可能であるという厳しい現実でした。芳子さんの年金は、月14万円ほど。拓也さんは当初、その範囲内で収まる介護施設を探せば大丈夫だろうと軽く考えていました。しかし、現実は甘くありませんでした。

「低価格で入居できる施設もありましたが、麻痺のレベルを考えると手厚い介護が受けられる施設への入居が望ましい。しかし、そうした施設の月額利用料は25万円を下りません。加えて、入居一時金や医療費、雑費もかかる。母の年金だけでは、まったく足りませんでした」

不足分は拓也さん自身が補填しなければなりません。入居一時金として、数十万~数百万円が必要になります。月額費用として、毎月10万円以上はコンスタントに出ていくと考えられます。資産元本8,000万円を取り崩さざるを得ない状況に追い込まれ、鈴木さんはFIREから2年で、また組織の歯車に戻らざるを得なくなったのです。

生命保険文化センター『2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査』によると、介護にかかる一時的な費用の合計は平均で47.2万円。さらに、月々の介護費用は平均9.0万円にのぼります。また、介護期間は平均で4年7ヵ月(55.0ヵ月)とされており、単純計算すると、介護費用の総額は平均で「47.2万円+(9.0万円×55.0ヵ月)=約542万円」にもなります。

これはあくまで平均値であり、施設の利用状況や要介護度によっては、費用はさらに膨らみます。拓也さんのように、毎月10万円以上を負担し続ければ、5年間で600万円、10年間では1,200万円もの大金が、当初の計画外で消えていくことになるのです。

「FIREして、浮かれていたわけでもなく、派手なこともせず、ただ穏やかに生きていけたらよかった……こんなはずじゃ、なかったんです」

FIREは多くの人が憧れるスタイルではあるものの、そこには厳しい現実が伴います。人生の支出計画は、決して「自分事」だけでは完結しません。拓也さんのように、親の介護という、時期も規模も予測不能な支出が突然発生することは誰にでも起こりうることです。

年間支出の25倍の資産を築けば、年利4%の運用益で生活費を賄えるという「4%ルール」は、FIREを目指すうえでのひとつの基準です。しかし、このルールはあくまで平均的な市場データに基づいたシミュレーションであり、親の介護のような数百万、数千万円を超える「想定外の巨額支出」までは織り込まれていません。

自分の生活費だけでなく、家族に起こりうるリスクまで含めて初めて、人生の計画は成り立つものです。自由を掴むための計画は慎重であるべきなのです。

[参考資料

生命保険文化センター『2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査』