(※写真はイメージです/PIXTA)
「家に帰して…」涙で訴える母と、職員が明かした「意外な姿」
ケアマネージャーから紹介してもらったいくつかの施設を見学し、正男さんが選んだのは、手厚い介護体制が整い、近隣の小学校から子供たちのにぎやかな声が聞こえてくるホームでした。元教師だった母が、少しでも喜んでくれるのではないか。そんな一縷の望みを託しての選択でした。
しかし、その望みは入居後すぐに打ち砕かれます。
「先日、面会に行ったんです。帰ろうとしたら、『助けて! ここから出して! 私、ここに閉じ込められてるの!』と、窓の外に向かって叫ぶんです。おいおいと泣きじゃくりながら……」
親孝行のつもりでした。認知症の母がどれだけ認識しているかわかりませんが、楽しく過ごせるようにと決めたホーム。しかし、それは独りよがりなものだった――正男さん、後悔から思わず涙がこぼれたといいます。まだ入居から2週間も経っていません。しかし別のホームを探すべきかと本気で考え始めました。そんなとき、藁にもすがる思いでホームの職員に母の様子を尋ねたのです。すると、返ってきたのは信じられない言葉でした。
「正男さんが帰られた後は、涙もすっかり乾いて、レクリエーションにも積極的に参加されていますよ。昨日も、他の方と楽しそうに歌をうたっていました」
職員によると、春子さんはホームの生活にすっかり馴染んでおり、他の入居者とも穏やかに交流しているというのです。面会時の涙や訴えは、大好きな息子に会えたことで、少しでも関心を引こう、甘えたいという気持ちの表れではないか――。
「大丈夫ですよ、私たちに任せてください」
何とも心強い職員の言葉に、心から安堵したといいます。
2025年には約675万人へ…誰もが直面しうる「認知症の親の介護」
内閣府の調査によると、日本の65歳以上の認知症高齢者数は2020年時点で約600万人と推計されていますが、2025年には約675万人へと増加し、高齢者の約5人に1人が認知症になると予測されています。
親の介護を担うのは、多くの場合その子ども世代です。厚生労働省の『国民生活基礎調査』を見ると、主な介護者のうち「子」が占める割合は高く、特に正男さんのような50代、60代の働き盛り世代が親の介護に直面する実態が浮かび上がります。
こうした状況が深刻化させかねないのが、「介護離職」の問題です。厚生労働省『雇用動向調査』によると、年間7万~9万人が、「介護・看護」を理由に仕事を辞めています。仕事を辞めて介護に専念することは、一時的に親と向き合う時間を確保できるかもしれませんが、経済的な困窮や社会からの孤立を招き、結果として介護者自身が追い詰められてしまう危険性をはらんでいるのです。
親の介護は家族のなかだけで完結させる問題ではなく、社会全体で支えていくべき課題です。介護保険サービスや地域のサポートを積極的に活用することは、親のためであると同時に、介護者自身の生活と人生を守るためにも不可欠な選択です。もし親の様子に変化を感じたら、まずは市区町村の役所や地域包括支援センターに相談しましょう。そこでは専門家であるケアマネージャーが、本人や家族の状況に応じたケアプランの作成をサポートしてくれます。専門家の力を借りることが、親孝行といえるでしょう。
[参考資料]
内閣府『令和6年度 高齢社会白書』
厚生労働省の『国民生活基礎調査』
厚生労働省『雇用動向調査』