高齢化、長寿化を見据えて、生涯現役で働き続けられるよう整備されつつあります。老後もなお働くことを前提に準備を進めている人や、そもそも準備すらしていない人も珍しくないでしょう。しかし、人生、思い通りにいくとは限りません。想定が崩れたとき、直面するのは地獄のような現実です。
助けて、もうお金がない…〈年金月3万円〉68歳男性の絶望。〈家賃2万2,000円の市営団地〉で迎えた「想定外の老後」とたったひとつの過ち (※写真はイメージです/PIXTA)

「まだまだ働けると思っていた」…68歳の現実

都心から電車で1時間ほどの街にある、築40年ほどの市営団地。鈴木健司さん(68歳・仮名)が住むのは、この団地の6畳一間の部屋で、家賃は月2万2,000円。65歳から受け取り始めた年金は、月々わずか3万円ですが、給与があれば十分暮らしていけるといいます。

 

「俺の人生は、いつでも正解だった。そう信じて生きてきたんだが……」

 

力なく呟く鈴木さんの視線は、一点を見つめたまま動きません。鈴木さんが高校を卒業したのは1976年のこと。同級生の半数以上が就職するなか、「社会の歯車になるのはごめんだ」と、定職に就く道を選びませんでした。建設現場、長距離トラックの助手、港での荷役作業――屈強な肉体だけを資本に、日雇いの仕事を渡り歩く日々を送ったといいます。

 

30代に突入すると、日本はバブル景気に沸きました。世の中が浮かれ、仕事はいくらでもありました。汗を流せば、その日のうちに札束を手にできる。正社員として会社に縛られる同級生たちが窮屈に見えたといいます。

 

「会社に縛られずに生きる俺は、なんて自由なんだろう」

 

稼いだ金は仲間と飲み明かし、将来の心配など微塵もなかったといいます。やがてバブル崩壊。多くのサラリーマンが職を失いました。リストラされた同級生の嘆きを聞くたびに、鈴木さんは「やはり自分の選択が正しかった」と確信しました。

 

「ほら見ろ。会社なんて信じるからそうなるんだ。俺は、俺自身しか信じない」

 

会社に属さず、己の腕一本で生きる自分こそが、時代の変化に強い「生き方の正解」。その信念は50代でリーマンショックを経験したことで、さらに強固なものになります。会社の重役まで上り詰めた同級生が、不況の波に飲まれ失墜していく姿を目の当たりにし、「組織にいることこそリスクだ」とさえ思いました。

 

時代は変わり、鈴木さんが60代に差しかかるころ、「人生100年時代」という言葉が盛んに叫ばれるようになりました。ニュースは、人手不足を補う高齢の労働者の姿を毎日のように映し出します。

 

「年金をもらうようになって、完全に仕事をやめる同世代の人間も多いけど、60代後半で警備員をやったり、コンビニで働いたりしている人も大勢いる。体力には自信があったから、俺も70代、いや80代までは余裕で働ける。そうやって生涯現役でいることが人生だと思っていた」

 

鈴木さんは、当たり前のように働き続けられる未来を信じて疑いませんでした。それが、自由を貫いてきた自分の人生の「正解」の証明なのだと。しかし、その輝かしいはずの未来は、ある日を境に崩れていきました。