高齢化が進む日本において、「老後の資金」と「子どもとの関係」は、多くの人にとって切実な問題です。内閣府の調査でも高齢者の単独世帯は増加しており、親子関係も多様化しています。もし、大切な老後の資金を我が子から無心されたら……そのような選択に迫られた80歳の女性。長年にわたり息子の要求に応じた先に待っていたのは?
もう結構です…〈年金15万円〉80歳母、半年ぶりの面会で金の無心をする息子にブチ切れ。孤独なはずの「老人ホーム」で手にした「資産3,000万円」と自由な暮らし (※写真はイメージです/PIXTA)

「事業の資金を…」息子の言葉に母の表情が凍り付く

それは、ある日の午後。予約もなしに、半年ぶりに健一さんが面会に訪れたそうです。

 

「母さん、元気そうで何よりだよ」

 

痩せたものの、身なりは意外としっかりしている息子の姿に、良子さんは少しだけ安堵の息を漏らします。当たり障りのない世間話が10分ほど続いた後、健一さんはおもむろに本題を切り出しました。

 

「実は、新しい事業を始めようと思ってるんだ。今度は絶対にうまくいく。それで、少しだけ元手が必要で……」

 

その言葉を聞いた瞬間、良子さんの表情が凍り付きました。またか、という失望と、息子への情けなさが全身を駆け巡ります。穏やかだった良子さんの心に、黒い感情が渦巻いていくのが自分でもわかりました。

 

健一さんは続けます。「母さんが住んでた、あの家を売った金がまだあるだろ? 3,000万円くらいにはなったはずだ。それを貸してほしい。いや、俺に投資してくれ。必ず倍にして返すから」

 

その言葉は、良子さんの堪忍袋の緒を切るには十分すぎるものでした。良子さんはすっと立ち上がると、震える声で、しかしはっきりと告げました。

 

「もう結構です」

 

突然の強い口調に、健一さんは目を丸くします。これまで、どんな無理を言っても、最終的には息子の願いを聞き入れてきた母親の、初めて見せる拒絶の姿でした。

 

「あなたに渡すお金は、1円もありません。いいえ、正確に言うと、お金はあります。あなたが言う通り3,000万円近く」

 

驚く健一さんを前に、良子さんは言葉を続けました。

 

「でもね、あのお金はあなたのためのお金じゃない。私が、私の人生を最期まで楽しむためのお金です」

 

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和5年)』によると、世帯主が70歳以上の金融資産保有額の平均は2,104万円、中央値は1,100万円です。良子さんの資産は、これを大きく上回るものでした。しかし、その使い道は、もはや息子の知るところではありません。

 

「ホームでできたお友達と、来月は京都に旅行へ行きます。あなたに会うためにおしゃれをするのはもうやめたけど、旅行のために新しい洋服も買いました。これまで我慢してきた分、これからは自分のためだけにお金を使うことに決めました。これまであなたに投資したところで、私は何も豊かにならなかった。もうこれくらいでいいでしょう」

 

良子さんの力強い宣言に、健一さんは返す言葉もありません。すごすごと引き上げていく息子の背中を、良子さんは静かに見送ったといいます。

 

「親は死ぬまで子の味方であるべき……そう思っていたけれど、そのこだわりが息子もダメにしていた。80歳で気づくなんて、遅すぎますね。これからは無駄なものに縛られず、とことん楽しむつもりです」

 

[参考資料]

内閣府『令和6年版高齢社会白書』

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和5年)』