定年後は物価の安い海外で悠々自適に暮らす。多くの人が思い描く、魅力的なセカンドライフの選択肢です。しかし、その華やかなイメージの裏には、生活設計を根底から覆しかねない深刻なリスクが潜んでいます。まさにその「落とし穴」にはまってしまった元公務員の男性。誰もが羨む「勝ち組」として海外移住を実現したものの、夢ははかなく散ってしまった……果たして何があったのか、詳しく見ていきましょう。
こんなはずじゃなかったのに。67歳元公務員「老後は夢の海外移住」を叶えたが…〈退職金2,200万円〉を溶かし〈年金月20万円〉では足りない、人生の勝ち組からの「壮絶な転落劇」 (※写真はイメージです/PIXTA)

楽園の崩壊、そして「残酷な現実」

「なんで、俺がこんな目に遭わないといけないんだ……」と肩を落とす田中義男さん(67歳・仮名)。長年、公務員として地域のために働き、60歳で迎えた定年では、十分な退職金を手にしました。先行き不透明な世の中、当時は誰もが羨む「勝ち組」でした。そこで田中さんは妻とともに、マレーシアに渡ります。「老後はマレーシアで」という夢を叶えたのです。きっかけは、10年以上前に旅行で訪れたペナン島での体験でした。

 

「温暖な気候は、老後を過ごすのにぴったりだなと感じました。そして何よりも魅力的だったのは物価。当時のレートは『1リンギット=25円』ほどで、日本の物価と比べ何もかもが衝撃的に安かった。美味しいローカルフードは一食200円程度、タクシーも気軽に乗れる。この時の記憶が強烈で、すっかり舞い上がってしまったんです」

 

60歳で退職金を受け取り、65歳からは月20万円ほどの年金も受け取れる計算でした。当時のレートで計算すれば8,000リンギットになります。

 

「マレーシア人の大卒初任給の2倍以上。これなら海の見えるコンドミニアムに住んで、毎日ゴルフをしてもお釣りがくる、と。完全に浮かれていましたね」

 

周囲からは「羨ましい」「最高のセカンドライフだ」と羨望の眼差しを向けられ、夫婦は日本の家財をほとんど処分。希望だけを胸に、マレーシアへと渡ったといいます。

 

移住当初は、まさに夢に描いた通りの生活だったといいます。広いコンドミニアムを借り、家具を新調。日本人コミュニティのゴルフコンペや飲み会に積極的に参加し、潤沢な退職金を背景に、気前よく振る舞うことも少なくありませんでした。

 

しかし、その楽園の時間は長くは続きませんでした。ここ2~3年の急激な円安が、田中さんの生活を直撃したのです。

 

「スマホで為替レートを見るたびに、血の気が引く思いでした。円の価値は下がり続け、ついに『1リンギット=30円』を超えてしまった。資産は基本的に円で持っていますから……肌感覚では、日本と同程度、いや日本以上に物価が高いと感じることも多くなっていきました」

 

追い打ちをかけるように、世界的なインフレの波がマレーシアにも押し寄せました。ガソリン代や電気代、食料品など、あらゆるものの値段が上昇。「物価の安い国」というイメージは、もはや過去のものとなっていきました。

 

田中さん夫婦は、赤字分を退職金から補填する生活を続けました。しかし、その退職金も、円安のせいでリンギットに両替するたびに価値が目減りしていきます。想定を遥かに超えるスピードで資産は溶け、2,200万円あったはずの残高は、500万円を切ってしまいました。