(※写真はイメージです/PIXTA)
帰国という名の「敗走」
「もう、どうすることもできませんでした。年金だけではとても暮らしていけない。このままマレーシアにいたら破産する。そう思い、日本に帰ることを決意しました」
しかし、そこにも厳しい現実が待っていました。
「今さら帰国しても、住む場所も仕事もない。1からのスタートです。何より、あれだけ盛大に送り出された手前、『移住に失敗しました』と後ろ指をさされるのも……本当、情けなかった」
現在、夫婦は都内の賃貸マンションで、心許ない貯蓄と年金を頼りに、切り詰めた生活を送っています。かつて夢見たセカンドライフとは、あまりにもかけ離れた現実がありました。
外務省『海外在留邦人数調査統計(令和5年要約版)』によると、マレーシアにおける長期滞在の日本人数は29,796人にのぼり、人気の移住先であることがうかがえます。しかし、その多くが直面しているのが、田中さんを苦しめた「為替変動リスク」です。たとえば、2012年頃には1リンギット=25円前後だったレートが、近年では35円に迫る水準にまで円安が進行しました。これは、円建ての年金や預貯金で生活する人々にとって、受け取れる現地通貨が約3割も目減りしたことを意味します。
これに「現地のインフレリスク」が加わります。「物価が安い」というイメージで移住したものの、移住先の経済成長や世界情勢によって物価は常に変動します。田中さんのように、収入が円安で減る一方で、支出がインフレで増えるというダブルパンチは、生活設計を根本から覆しかねません。
夢の海外移住を計画する際には、気候や文化といった魅力的な側面に加え、こうした経済的なリスクをどれだけ織り込めるかが重要になります。資産を円だけで保有するのではなく、一部をドルや現地通貨建ての金融商品で持つといった「資産の分散」や、ビザの制度変更、医療制度の違いなど、想定外の事態への備えが不可欠です。
田中さんの壮絶な転落劇。「安定した老後」というものが、もはや国内にいても、海外にいても、決して約束されたものではないという厳しい現実、そのものといえるでしょう。
[参考資料]
外務省『海外在留邦人数調査統計(令和5年要約版)』