(※写真はイメージです/PIXTA)
高齢の親を持つ子の自立問題と、親子で考えるべき終活
一郎さんとの同居生活が1年近くになったころ、良子さんは自身の80歳という年齢を目前にして、「終活」を真剣に考え始めました。良子さんには、一郎さんの他にも3人の子どもがいます。彼らはそれぞれ家庭を持ち、自立した生活を送っていました。だからこそ、自分が亡くなったあと、この実家が「争族」の火種になることだけは避けたいと考えました。
株式会社AlbaLinkが子どもがいる親を対象に『今住んでいる家を子どもに残したいかに関する意識調査』を行ったところ、「今住んでいる家を子どもに残したくない」が51.8%と、わずかに半数を上回りました。残したくない理由のトップは「好きな家に住んでほしい」(30.1%)。「子どもに負担をかけたくない」(23.2%)、「立地が悪い」(17.0%)と続きました。また「今住んでいる家の希望の活用方法」を聞いたところ、4割が売却の意向を示しています*。
*売却して、現金化する、老後資金にする、子どものお金を残す、住み替えるの合計
悩んだ末に、良子さんは大きな決断をしました。この家を売却し、その資金で高齢者向けの施設に入居する――それが、自分のためにも、子どもたちのためにも最善の道だと考えたのです。もちろん、実家で夢の準備を進める一郎さんのことは気にかかります。しかし、ここで甘やかしては、本当の意味で長男のためにならない。心を鬼にするしかありませんでした。
ある日の夜、良子さんは一郎さんに向き直り、静かに、しかしはっきりとした口調で告げました。
「一郎、大事な話があるの。この家、売ることにしたから」
「……は? 売るって、どういうことだよ」
テレビを見ていた一郎さんは、キョトンとした顔で母を見返しました。事態が飲み込めていない様子です。
「だから、この家を売って、私は施設に入ろうと思うの。あなたも、もういい大人なんだから、自分の力で住む場所を見つけて、生活していきなさい」
良子さんの決意が固いことを悟った瞬間、一郎さんの顔から血の気が引いていきました。そして、しばらくの沈黙の後、彼の口から飛び出したのは、飲食店開業の夢でも、母の体を気遣う言葉でもありませんでした。
「……冗談だろ? この家がなくなったら、俺、どこに寝ればいいんだよ」
あまりに自己中心的な言葉に、良子さんは言葉を失ったといいます。
「情けない。こんな人間にしてしまったのは、私のせいです。今度こそ、この子離れ、親離れの連鎖を断ち切らなくてはならない。改めて、この家を売る意志が固まりました」
良子さんの決断は、一見、息子を突き放す冷たい行為に映るかもしれません。しかし、これは経済的に自立できない息子との「共倒れ」を避けるための防衛策であり、同時に、息子が自分の足で立つための最後の機会を与えるもの。親が子に無限に経済的支援を続けることは、結果的に子の未来を奪うことになりかねません。親ができる最後の務めは、庇護の傘を取り払い、人生の責任を子自身に返す勇気を持つことなのかもしれません。
[参考資料]