(※写真はイメージです/PIXTA)
亡き夫とコツコツ築いた資産…穏やかな老後に忍び寄る「家族の亀裂」
東京都心から電車で1時間ほど。緑豊かな丘陵地に広がる古い住宅街の一角に、鈴木静子さん(81歳・仮名)の自宅はあります。100坪と都内としては広大な敷地には、夫の正一さん(仮名・故人)が趣味で手入れをしていた庭木と、ささやかな花壇が広がっていました。正一さんは真面目な会社員で、定年まで勤め上げ、静子さんと共にこの家を建てました。7年前に正一さんに先立たれ、今は穏やかな一人暮らしを送っています。
「主人が亡くなって、もう5年になります。あちこちガタはきていますけど、こうして庭を眺めながら、好きだった絵を描いて過ごせるのですから、幸せなものですよ」
そう言って微笑む静子さんの傍らには、描きかけの油絵が置かれていました。月18万円の年金は趣味の画材代や友人との会食に消えていくそうですが、暮らしに困ることはありません。夫婦で長年かけてローンを返し終えたこの家と、コツコツ貯めてきた貯蓄。最近、不動産価格が上がっていると聞き、軽い気持ちで近所の不動産屋に家の価値を査定してもらったところ、驚くほどの値段がついたといいます。その結果、総資産は1億円を超えていることがわかりました。まさしく、真面目に生きてきた人生の集大成といえるでしょう。
しかし話題が都内の企業に勤める長男(55歳)と、近隣の市に嫁いだ長女(52歳)の二人の子どもたちのことに及ぶと、静子さんの目線がふと、庭の遠く一点に向けられたのです。
「ええ、二人ともよく顔を見せてくれます。特に自宅の査定額を知ってからは、週末になるとどちらかが必ず来てくれるんですよ。ありがたいことです」
その言葉とは裏腹に、その口調にはどこか憂いのようなものが含まれているように感じられます。長男はこの家の資産価値や維持管理について、長女は静子さんの健康を気遣いつつも、老後の資金計画について。どちらも親を気遣う言葉ではあるのですが、その会話の端々から、「資産」という二文字が透けて見える気がしてならないといいます。
「この家、今売ったらすごい金額になるらしいな」「お母さんの後の固定資産税って、どうなるんだろう」。そんな言葉が、悪気のない世間話のように、しかし確実に静子さんの耳に届くようになりました。彼らが帰ったあと、広すぎるリビングに一人取り残されると、言いようのない不安が胸に広がるといいます。
相続は、時に家族の関係を大きく変えてしまいます。裁判所『令和4年司法統計』によると、2022年に全国の家庭裁判所で扱われた遺産分割事件のうち、争いの対象となった遺産価額が「5,000万円以下」の案件は、全体の76%以上を占めています。さらに「1,000万円以下」の案件ですら33%にのぼり、決して富裕層だけの問題ではないことがわかります。