(※写真はイメージです/PIXTA)
51歳長男の甘い夢と、母の尽きない悩み
鈴木良子さん(仮名・79歳)が暮らす、都心から少し離れた郊外の一軒家。そこに長男の一郎さん(仮名・51歳)が、大きなボストンバッグひとつで帰ってきました。
「会社、辞めてきた。悪いけど、しばらくここにいさせてくれないか」
20年以上勤めた会社で、人間関係に疲れたというのが理由でした。一郎さんは独身で、これまで都内で一人暮らしをしていましたが、貯金はほとんどないと言います。良子さんは夫に先立たれてから一人暮らし。月15万円の年金だけが頼りの生活でしたが、困っている息子を無下にはできません。「まあ、次の仕事が見つかるまでなら」と、二つ返事で受け入れました。
しかし、一郎さんが再就職活動を始める気配は一向に見られませんでした。朝はゆっくりと起きだし、テレビを見てはため息をつくばかり。良子さんが用意した食事を黙々と食べ、夜は酒を飲むのが日課です。良子さんの心には、日に日に不安の影が広がっていきました。
そんなある日の夕食後、一郎さんが思い詰めたような顔で切り出しました。
「母ちゃん、俺、昔から自分の店を持つの、夢だったんだよな」
聞けば、こだわりの料理と酒を出す小さな飲食店を開きたいというのです。その目は、会社を辞めてからの数ヵ月間見せたことのない輝きを放っていました。しかし、その計画はあまりにも現実離れしていました。開業資金はどうするのか、経営の経験はあるのか。良子さんが尋ねると、一郎さんは悪びれもせずにこう言ったのです。
「資金はまあ、なんとかなるだろ。それより、店が軌道に乗るまでは生活費を切り詰めないとな。でも大丈夫。しばらくは母ちゃんの年金があるから、俺は食いっぱぐれないし」
その言葉に、良子さんは軽い眩暈を覚えました。息子の夢を応援したい気持ちがないわけではありません。しかし、その夢は、明らかに母親のわずかな年金という土台の上に描かれた、あまりに甘い計画でした。一郎さんは51歳。本来であれば自分の人生の舵を取り、老後を見据えて準備を加速させるべき年齢です。それなのに、79歳の母親に寄りかかり、自立するどころか、ますます依存しようとしている――このままでは、息子は一生この家から出ていかないのではないか。良子さんの不安は、確信に変わっていきました。
親の年金や資産をあてにする中高年の子どもは、決して珍しい存在ではありません。内閣府の令和5年版「高齢社会白書」によると、65歳以上の親と同居している未婚の子どもの数は、2021年時点で約335万人。彼らがすべて親に依存しているわけではありませんが、一郎さんのように、経済的・精神的に親から自立できていないケースは少なくないでしょう。