相続問題と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。多くの人は、「財産がたくさんある家に起こるトラブル」というイメージを持っていると思います。何億円もの財産を巡って親族が骨肉の争いを繰り広げる――などと考えがちです。しかし、実態は大きく異なっていて……。本記事では、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が、父の遺産を巡り泥沼の「争族」に発展した一家の事例から、相続問題の根本原因に迫ります。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
お前には1円も渡さん!…資産6億円の地主の父。“優等生”の58歳・公務員長男ではなく、“口のうまい”54歳・自営業次男への「全財産相続」を宣言→兄弟は「50年分の鬱憤」を晴らす醜い罵り合いへ【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

父親から聞いた言葉に長男は絶句

話し合いでの解決が不可能だと悟った長男Kさんは、弁護士に相談しました。弁護士からは、現時点では法的な請求はなにもできないものの、相続が開始されたあとには「遺留分」として法律で保障された最低限の権利を主張できることを教えられました。

 

そして、将来の相続争いに備え、Kさんは自らの固い意思を示すため、弁護士に依頼して実家宛てに一通の書面を作成しました。それは、「遺言内容の再考を切に願うこと、および、このまま相続が開始された場合には、法的に保障された遺留分侵害額の請求を行う用意があること」を告げる内容証明郵便でした。

 

書面が実家に届くと、父親が再び長男Kさんを呼び出しました。長男は父親に思いのたけをぶつけます。不動産が財産のほとんどだというのはわかる、確かに俺は商売の経験がないが、勉強すれば運用くらいはできるよ、そういったのです。

 

「いや、財産が欲しいからこんなことをいってるなんて思わないでくれ。俺は親父やSから粗末に扱われて不満なだけなんだ」

 

父Tさんは体調が悪そうでしたが、静かにこう答えました「お前は自分の感情のことばかり考えているのだな。逆に俺のことを考えてくれたことがあるのか」。

 

長男Kさんは黙ってしまいます。

 

「お前にとってあの土地やアパートは単なる不動産にしかみえてないのだろう。だがあれば、俺と母さんが仕事を頑張って手に入れたものだ。いくつかの土地は、母さんの父親が残してくれたものだとは知らんだろう。酒屋の仕事がいつ潰れても食っていけるようにと、母さんの父親が用意しておいてくれたものだ。俺はお義父さんに感謝して絶対に手放さないと決めて頑張ってきた。それをSは母さんから聞いたらしい。病院で話したのだと思う。だからSは土地を手放さないと強く約束してくれた」父Tさんが続けます。

 

「お前に足りないのは、人の心を理解すること。俺が俺が、俺の気持ちはどうなるというばかりじゃないか」

 

そして長男に告げます「相続財産としてではないが、お前には1億円の生命保険を用意しているんだ。何年か前に死亡保険金1億円の一時払い終身保険に入った。その受取人がお前だ。相続税を払う必要はあるが、自由に使える金は残せる。正月にそれを俺が伝える前に、お前は短気を起こして出ていったよな」。

 

生命保険金は遺産分割の必要がない「受取人固有の権利」が認められるお金です。相続税の課税対象になるものの、次男と分割をする必要がありません。

 

「これはSにもいってある。Sには今後不動産のことで苦労を押し付けるのだから、お前は感謝するべきなんだぞ。この前呼び出して、失礼なことをしたそうじゃないか。ちゃんと謝っておけ」

 

「お前は人の心を想像することができない。他人を見下して生きてきたのがよく伝わってくる。だから少し気にいらないことがあると、必要以上に大暴れして、まるで自分が正義の執行人といわんばかりだ。その性格を直さないと、定年退職後は孤独になるぞ。威張ったオヤジなんか誰が相手にするか。……お前は自分が愛されているかどうかではなく、自分が誰を愛してきたのかを考えてくれ」

 

長男Kさんは、父親からの言葉と、生命保険を掛けてくれた事実に、恥じ入る思いでした。自分以外は、みんな家族のことを考えて生きてきたのだと知ったのです。弟は自分よりもはるかに大人だと気づきました。

 

自分の未熟さと幼さのせいで、弟にも父親にも失礼なことをした。「自分が自分が」というばかりで訴訟を起こしていたら、決定的に家族を壊すところだった――。父がいうように、両親や弟の感情を理解しようとするコミュニケーションを取らなかった自分が悪いのだろうと思いました。

 

相続問題は、自分に感情の矢印を向けたとたんトラブルになるものです。そこに遺産の多寡は関係ないようです。

 

 

長岡理知

長岡FP事務所

代表