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長男からの冷たい目線
そんな次男を、長男のKさんは冷めた目で見ていました。「あいつは昔からああやって世渡りしてきたんだ」そう思うだけで、腹の奥がむしゃくしゃする気持ちです。なぜ父親は自分に興味を持たないのかと長男Kさんは不満に思っています。自分の仕事や家庭の話をしても、父はどこか退屈そうにするだけ。会話が弾むことがありません。Kさんは、父親に認められることを半ば諦め、距離を置くことで自分のプライドを保っていました。
ただ、長男Kさんの妻だけは不満を感じていました「お義父さんがSさんばかり可愛がって、少し心配じゃありませんか? なにかするたびにお義父さんからの株を上げてばかりで……。あなただって頑張っているのに」。
「あいつは口がうまいだけだ。いざというとき、親父が頼りにするのは長男の俺に決まっている」Kさんはそういって取り合いませんでした。長年かけて築き上げた「優等生の長男」という自負が、現実を直視することを拒んでいたのです。そして長男Kさんの念頭に絶えずあるのは、相続分割の問題です。父親がちゃんと自分にも遺産をくれるのか不安がありました。
お金に困っているわけではない。でも……。もらえなかったら自分の存在を粗末にされた気がする――。
「俺だって妻だって、母親の介護を手伝った。なにもしてないわけじゃない」
お正月に衝撃の告白が
ある年のお正月。親族が実家に集まったときのこと。孫たちをみて上機嫌になった父Tさんが、子供2人を別室に呼びました。相続分割の話があるというのです。
「俺の財産は、すべてSに相続させることに決めた。遺言書も、もう作ってある」
長男Kさんは驚いてしまいました。
「すべてってなんだよ、親父。なぜそんなことになるんだ」つい大きな声を出す長男。
「えこひいきだろ、そんなの」
「子供みたいなことを言うな。ちょっと聞け」
父Tさんはなぜそのようなことになったのか、事情を説明しました。現金が多くなく、ほとんどが不動産であること。不動産経営を相続させると相続税と運転資金が必要であり、そのために残っている現金も次男に相続させる必要があること。
「不動産経営はお前には負担が大きすぎるんだ。夫婦で公務員なのだからお金には困ってないだろう。面倒なことはSにやってもらうという意味なんだよ」
父がそのあとになにか言葉を発しましたが、長男Kさんは立ち上がってしまいます。「少し風に当たってくる」とだけ告げ、家の外に出ていきました。
庭先でお正月の冷たい空気にあたっても、理不尽な暴力を食らったような思いは消えません。財産が欲しいのではありません。自分の人生そのものを、父親に否定された気がしたのです。勉強しろといわれれば一番になり、いい大学に入れといわれれば必死で試験に合格しました。それはすべて、この家の長男として、父に認められるためだったはずです。その数十年の努力が、いとも簡単に無に帰しました。
「俺には1円も渡さないなんて。親父もおふくろも、俺のことなんか愛してなかったんだろう」くやしさが込み上げてきました。
その日は長男Kさんだけ実家に泊まらず、帰ってしまいました。