たとえば、同じ「1億円」でも、自ら稼ぎ積み上げた資産と、宝くじや相続でポンと手に入れたお金とでは、その価値も意味もまったく異なります。大金は、その人の“器”を試すものです。自らの力で稼ぎ、少しずつ資産を築いてきた人間は、お金との付き合い方を知っているもの。しかし、そうではない人が突然大金を手にすると……。本記事では、Mさんの事例とともに「労せずして得た大金」の危険性について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
なにもかも、手遅れです…年金12万円の84歳母と実家暮らし。最低賃金で働く「54歳息子」の人生を喰らった「父の遺産1億円」【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

大手企業元役員・成功者の父、就職氷河期世代・堕落者の息子

Mさんは世田谷区の一軒家に住んでいる54歳の未婚男性です。世田谷区の戸建てといえば聞こえはいいですが、実際は亡くなった父親が相続で残してくれた家で、名義は母親のTさん(84歳)のもの。Mさんは実家暮らしの未婚男性、そして無職の「子供部屋おじさん」です。

 

Mさんの父は10年前に亡くなりました。九州の優秀な高校を経て上京、有名国立大を卒業しました。大手企業で役員まで叩き上げた苦労人です。年収が数千万円というだけでなく、その人情味たっぷりの人柄から社内で絶大な尊敬を集める人物でした。亡くなったときはひそやかに家族だけで小さな葬儀を行いましたが、後日、現役時代の同僚や部下たちが「線香をあげたい」と自宅に連日押し寄せるほどでした。

 

一人っ子のMさんは、残念なことに父親とはまったく違う人生です。1990年代初頭の就職氷河期に首都圏の私立大学を卒業したものの、就職活動は全敗でした。就いたのはカラオケボックスでのアルバイト。そこからアルバイトを転々としましたが、実家から出て自活するほどの月給をもらった経験はありません。

 

27歳のときにようやく正社員の仕事に就いたのは、生命保険の歩合制の営業マンでした。父親と母親、何人かの親戚が保険に入ってくれただけで、あとはまったく売れません。給料は最低賃金分しかなく、結局1年後には解雇を言い渡されてしまいました。

 

それからも、非正規の仕事を転々とし、そのすべての職場で自尊心を著しく傷つけられるような扱いばかり受けたのです。スーツを着て颯爽とビジネス街を行く同世代の会社員をみかけるたびに、自分は作業員として時給をもらうだけの仕事しかしたことがない、と惨めな気持ちになりました。

 

父親はMさんに対し、「仕事を選り好みするな」と厳しくいっていたのですが、Mさんも贅沢をいっているわけではありません。楽をして稼ぎたいわけではないのです。真面目に働いて、家族を養い、慎ましく堅実な人生を送りたいと思っているのです。ところが、「そんな小さな願いすら縁遠く感じるような職場しか、自分には縁がない」と悲しくなるのです。父親のように大企業で出世したいわけじゃない。でも最低限の人権すら守られないような職場しか採用してくれないんだ、と。

 

父親が亡くなったとき、44歳だったMさんは悲しさと同時にホッとしたのを覚えています。成功者の父親は自分にとっての重圧でした。