相続問題と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。多くの人は、「財産がたくさんある家に起こるトラブル」というイメージを持っていると思います。何億円もの財産を巡って親族が骨肉の争いを繰り広げる――などと考えがちです。しかし、実態は大きく異なっていて……。本記事では、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が、父の遺産を巡り泥沼の「争族」に発展した一家の事例から、相続問題の根本原因に迫ります。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
お前には1円も渡さん!…資産6億円の地主の父。“優等生”の58歳・公務員長男ではなく、“口のうまい”54歳・自営業次男への「全財産相続」を宣言→兄弟は「50年分の鬱憤」を晴らす醜い罵り合いへ【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

暴かれた数十年の劣等感

数日後、長男Kさんは次男Sさんを喫茶店に呼び出しました。冷静に話をする最後のチャンスだと思ったからです。

 

「兄さん、いまさらなにがいいたいの? 親父が決めたことだよ」次男Sさんは、足を組み、ふてぶてしい態度でコーヒーを啜りました。

 

「お前が親父になにか吹き込んだんじゃないのか」長男Kさんが問い詰めると、次男Sはかちんときたようです。

 

「吹き込んだ? 人聞きの悪いこというなよ。俺はただ、親父の商売の話を詳しく聞いただけだよ。兄さんが面倒くさがって知ろうとしなかったことをね」

 

「面倒? お前が収益物件を全部もらって、ますます金持ちになるって話だろう」

 

次男Sさんは我慢ができなかったのか、言葉が次々に溢れてきます。

 

「そんなに俺が気にいらないか。じゃあ俺もいわせてもらう。兄さんは塾に行き、家庭教師をつけ、東京の私立大学まで行かせてもらった。俺はそのころ、兄さんのお下がりの服を着て、お下がりの勉強机で、ボロボロの参考書を使ってたんだ。俺はバカだから勉強できなかったし、高卒で社会に出て、頭を下げる毎日。起業したころはその日のメシにも困った。その間、兄さんはエリートの公務員様ですか。どれだけ親の金を使って得たお立場なんだ? あれだって立派な生前贈与だろう」

 

「……。そんなことを考えていたのか……?」

 

「まだあるよ。兄さんがエリート様で仕事をしているあいだ、誰がガンで入院していた母さんの世話をしたんだ。俺だよ。兄さんはたまに来ては、病院の対応に文句をつけたりしただけ。でも俺は母さんが好きだから喜んで世話をしたよ。でも兄さんは思い付きで見舞いに来ただけだ。しかも母さんの病室が臭いとか暴言まで吐いて」

 

長男Kさんは言葉を失いました。次男Sさんが持ち出すのは、金銭の問題だけではありませんでした。記憶と感情の、あまりにも深い溝だったのです。長男Kさんにとって、弟は自由に振る舞っているようにしかみえませんでした。勉強から逃げ、好きなことをしていると。しかし、Sさんの主観の中では、彼は家族の「犠牲」になり、「我慢」を強いられ、家族に「貢献」してきたことになっているようです。Sさんにとっての「過去」は、兄への劣等感と嫉妬によって、長年かけて丹念に「不公平の物語」として編み上げられているように感じました。

 

次男が自分の会社の運転資金を何度父親に融資してもらったのか、忘れてしまったかのようです。女性問題を起こしたときも父親が解決してくれただろうに……。