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暴かれた数十年の劣等感
数日後、長男Kさんは次男Sさんを喫茶店に呼び出しました。冷静に話をする最後のチャンスだと思ったからです。
「兄さん、いまさらなにがいいたいの? 親父が決めたことだよ」次男Sさんは、足を組み、ふてぶてしい態度でコーヒーを啜りました。
「お前が親父になにか吹き込んだんじゃないのか」長男Kさんが問い詰めると、次男Sはかちんときたようです。
「吹き込んだ? 人聞きの悪いこというなよ。俺はただ、親父の商売の話を詳しく聞いただけだよ。兄さんが面倒くさがって知ろうとしなかったことをね」
「面倒? お前が収益物件を全部もらって、ますます金持ちになるって話だろう」
次男Sさんは我慢ができなかったのか、言葉が次々に溢れてきます。
「そんなに俺が気にいらないか。じゃあ俺もいわせてもらう。兄さんは塾に行き、家庭教師をつけ、東京の私立大学まで行かせてもらった。俺はそのころ、兄さんのお下がりの服を着て、お下がりの勉強机で、ボロボロの参考書を使ってたんだ。俺はバカだから勉強できなかったし、高卒で社会に出て、頭を下げる毎日。起業したころはその日のメシにも困った。その間、兄さんはエリートの公務員様ですか。どれだけ親の金を使って得たお立場なんだ? あれだって立派な生前贈与だろう」
「……。そんなことを考えていたのか……?」
「まだあるよ。兄さんがエリート様で仕事をしているあいだ、誰がガンで入院していた母さんの世話をしたんだ。俺だよ。兄さんはたまに来ては、病院の対応に文句をつけたりしただけ。でも俺は母さんが好きだから喜んで世話をしたよ。でも兄さんは思い付きで見舞いに来ただけだ。しかも母さんの病室が臭いとか暴言まで吐いて」
長男Kさんは言葉を失いました。次男Sさんが持ち出すのは、金銭の問題だけではありませんでした。記憶と感情の、あまりにも深い溝だったのです。長男Kさんにとって、弟は自由に振る舞っているようにしかみえませんでした。勉強から逃げ、好きなことをしていると。しかし、Sさんの主観の中では、彼は家族の「犠牲」になり、「我慢」を強いられ、家族に「貢献」してきたことになっているようです。Sさんにとっての「過去」は、兄への劣等感と嫉妬によって、長年かけて丹念に「不公平の物語」として編み上げられているように感じました。
次男が自分の会社の運転資金を何度父親に融資してもらったのか、忘れてしまったかのようです。女性問題を起こしたときも父親が解決してくれただろうに……。