高齢者を狙った詐欺の手口は、巧妙さを増しています。かつての経験や肩書きだけでは、防ぎきれない落とし穴がそこかしこに仕掛けられているのが現実です。信じた相手がまさか――。
なぜ騙されたんだろう…〈年金月20万円〉72歳父の書斎で見つけた「謎の振込明細書」。元教員のプライドを打ち砕いた巧妙なワナ (※写真はイメージです/PIXTA)

元教員の父の書斎で見つけた振込明細

「なんだ、これ……」

 

鈴木健太さん(仮名・45歳)は、思わず声を漏らしました。父の日を前に実家を訪れた健太さんは、一人暮らしの父、一郎さん(仮名・72歳)の書斎で何枚もの銀行の振込明細書を見つけました。海外の個人名と思われる口座へ、幾度となく50万円の振り込みがされていたのです。

 

「親父、これ、何のお金?」

 

健太さんが明細書を見せると、一郎さんは一瞬顔をこわばらせ、すぐにそっぽを向きました。

 

「ああ……それは、ちょっと頼まれごとでな」

 

一郎さんは、定年まで高校で教鞭をとっていた、真面目で実直な人柄です。7年前に母(=妻)を亡くしてからは、月20万円の年金を頼りに、穏やかながらも少し寂しげな毎日を送っていました。そんな父が、誰に、何を頼まれて大金を振り込んでいるのか。健太さんの胸に、嫌な予感がよぎります。

 

「頼まれごとって、誰に?  まさか変なことに巻き込まれてないだろうな」

「お前には関係ないだろう。余計な心配はするな」

 

強い口調で話を打ち切る父。その頑な態度は、元教員としてのプライドの高さの表れでもありました。自分が間違うはずがない、人に騙されるような人間ではない。その自負が、健太さんの言葉を遠ざけているように見えました。

 

しかし、健太さんは引き下がりませんでした。父のスマートフォンの待ち受け画面が、見知らぬ若いアジア系の女性の写真になっていることに気づいていたからです。問い詰めると、一郎さんは重い口を開きました。

 

半年前、寂しさを紛らわすために始めたマッチングアプリ。そこで出会ったのが、海外在住で資産家の娘だという30代の女性でした。最初は他愛のない日常会話だけでしたが、毎日届く気遣いに満ちたメッセージや、日本語を勉強してまで自分と話そうとする健気な姿に、一郎さんの心は次第に溶かされていきました。

 

「あなたと将来、日本で一緒に暮らしたい」

 

そんな言葉を交わすようになったある日、女性は特別な話を持ち掛けます。

 

「叔父が開発した暗号資産の特別な投資サイトがあるの。限られた人しか参加できないけど、あなたにも豊かになってほしい」

 

最初は断った一郎さんでしたが、女性の巧みな勧めと、「二人の将来のため」という言葉に心が動きます。指定された海外のサイトに登録し、言われるがままに最初の30万円を振り込みました。すると、サイト上の資産は面白いように増えていきます。1週間で40万円、1カ月で100万円――。