(※写真はイメージです/PIXTA)
根拠なき自信が招いた悪夢の「追証」
同窓会から帰宅した田中さんの頭のなかは、鈴木さんへの対抗心でいっぱいでした。これまで顧客に「リスク許容度を超えた投資は禁物です」と説いてきた自分はどこへやら。田中さんは退職金の一部、1,000万円を証券口座に移すと、まずは信用取引で有名企業の株式を買い付けました。ビギナーズラックか、相場が良かったのか、最初の1週間で20万円ほどの利益が出ます。
「なんだ、簡単じゃないか」
元銀行員としての知識が、かえって危険な取引へのハードルを下げてしまいました。気を大きくした田中さんは、次にFXにも手を出します。鈴木さんが儲けていたというドル円の取引です。レバレッジを最大限に効かせ、大きなポジションを取りました。しかし、ここからが悪夢の始まりでした。ある海外の経済指標が予想外の結果となったことをきっかけに、為替相場が乱高下を始めたのです。
あっという間に数十万円の含み損が発生。銀行員時代に叩き込まれた「損切り」の重要性は、頭ではわかっています。しかし、「もう少し待てば戻るはずだ」という希望的観測が、田中さんの判断を鈍らせました。そうこうしているうちに、損失はさらに拡大。そしてついに、証券会社から非情な通知が届きます。
「追証が発生しました」
担保として預けていた保証金が、損失の拡大によって維持率を下回り、追加の資金を入金するよう求められたのです。ここで損切りをすれば、まだ大部分の資産は守れたかもしれません。しかし、パニックに陥った田中さんには、その冷静な判断はできませんでした。「ここで引けるか」。彼はなけなしのプライドを守るため、さらに500万円、また500万円と、退職金を次々に追加投入してしまったのです。
しかし、相場の流れは変わりませんでした。ナンピン買いは傷口を広げるだけで、強制ロスカットも執行され、気づいたときには、あれだけあった退職金が嘘のように溶けてしまい……半年後、残った退職金はわずか350万円。元銀行員としての自信もプライドもすべてが砕け散りました。
「本当に……バカでした。情けない」
金融審議会の『市場ワーキング・グループ報告書/高齢社会における資産形成・管理』によると、「4人に1人が退職金を投資に振り向けており、投資に振り向けた人の半数弱は退職金の1~3割を投資に回している」といいます。田中さん、度を過ぎてしまった、といわざるをえません。
また同報告書では、「退職金の金額の大きさを踏まえると資産運用に回す金額は多額であると言えることから、こうした投資を行う際には、運用方針や資産運用にあ たって必要な金融に関する知識を、事前にある程度は身につけてから臨む ことが望ましいと言える。」と警鐘を鳴らしています。
インフレ下、退職金をただ貯金しておくことはリスクでもあり、運用が必須といわれています。アドバイスにのる/のらないの判断は人それぞれですが、運用するのであれば、十分な知識を得てからが絶対条件と心得ておきたいものです。
[参考資料]
金融審議会『市場ワーキング・グループ報告書/高齢社会における資産形成・管理』(令和元年6月3日)