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「早く逝かせてくれ」と願った父の、想定外の拒絶
都内在住の田中直樹さん(55歳・仮名)は、5年前の冬、人生で最も過酷な選択を迫られました。父・田中重雄さん(享年79歳・仮名)は、現役時代から「自分の最期」について明確な意思を持っていた人物だったといいます。
「父はいつも言っていました。『万一のときは延命治療は絶対にしないでくれ』、と。母(重雄さんの妻)を亡くした際、管だらけになった姿を見るのが忍びなかったようで、自分は潔く逝きたいと常々、言っていたんです。遺言のようなメモまで残して、仏壇の引き出しに入れていました」
そんな重雄さんが急性心不全で倒れ、救急搬送されたのは、ある冬の寒い夜のことでした。ICU(集中治療室)に運び込まれたとき、重雄さんの意識は朦朧としており、自発呼吸もままならない状態でした。医師は直樹さんに「今すぐ人工呼吸器を装着しなければ、今夜が山です。どうされますか?」と問いかけたそうです。直樹さんの脳裏には、重雄さんの言葉が蘇りました。
延命はしない――。
それが重雄さんの願いです。しかし、いざ目の前で苦しそうに肩で息をする父を前にすると、なかなか決断できませんでした。隣にいた妹は「お父さんの言う通りにしてあげよう」と泣き崩れていたといいます。直樹さんが意を決して「父の遺志を尊重します」と医師に告げようとした、そのとき。一瞬、重雄さんの目が開き、直樹さんの手をごつごつとした力で握りしめたのです。
「父の目から涙がこぼれて、掠れた声で、『……助けて、くれ』と言ったんです。あんなに延命を拒んでいた父が、死を前にして生きたいと叫んだように聞こえました」
結局、直樹さんは呼吸器の装着を依頼しました。一命を取り留めた重雄さんは、その後1ヵ月ほど治療を続けましたが、意識が完全に回復することはありませんでした。
「助けてくれというのは、ただ呼吸が苦しかったから出た言葉だったのか、それとも、死を前にして本当に生きたいと思って出た言葉だったのか……。結局、1日でも長く生きることが正解だったのか、父を早く楽にさせてあげるのが正解だったのか、今でも分かりません。本人の意思を確認していたつもりでしたが、その意思は状況次第でこれほどまでに揺らぐものなのだと痛感しました」
今も月命日には仏壇にきれいな花を飾るという直樹さん。管につながれた父の姿を思い出しては、自問自答を繰り返しているといいます。