多くの夫は、妻がいなくなっても「身の回りのことくらい自分でできる」と高を括ります。しかし、実際に直面するのは家事の不便さだけではありません。そこには、長年築いてきたはずの存在意義が根底から揺らぐ、残酷なまでの無力感にありました。ある夫婦のケースをみていきます。
まさか、俺がこんなに無力だなんて…「嫌なら出て行け!」と妻を追い出した55歳、4日目の朝に直面した「絶望」の正体 (※写真はイメージです/PIXTA)

「自由」を謳歌するはずだった…55歳夫の悲壮感

都内の精密機器メーカーで課長を務める佐々木徹さん(55歳・仮名)。25年連れ添った妻の美智子さんと激しい口論の末、ついに「嫌なら出て行け!」と怒鳴り散らしてしまいました。

 

「正直、せいぜい2、3日で頭を冷やして帰ってくるだろうと思っていました。別に妻がいなくても、何も困らない。洗濯機だって回せるし、コンビニに行けば飯に困ることもない。むしろ、小言を言われずに晩酌を楽しめる最高の機会だとすら考えていたんです」

 

佐々木さんは、当時の自分を振り返って苦々しく笑います。美智子さんが実家へ帰った翌日、徹さんは仕事帰りにデパ地下で豪華な惣菜と高価なビールを買い込みました。誰にも邪魔されず、テレビを独占し、好きな時間に寝る――。「これこそが俺が求めていた自由だ!」などと、謳歌していたといいます。しかし、その高揚感はわずか3日で霧散しました。

 

「4日目の朝です。仕事に行こうとしてクローゼットを開けたらシャツがない。洗濯籠に入れたままのシャツを着るしかないけれど、しわくちゃで。アイロンをかければいいかと思いましたが、かけたこともない。しかも首元の汚れも目立っていて……。そのとき、言いようのない惨めさが込み上げてきたんです」

 

さらに佐々木さんを追い詰めたのは、家の「音」でした。冷蔵庫のうなる音、換気扇の回転音、自分の足音。これほどまでに家の中が静かだったのかと、佐々木さんは愕然としました。

 

「夜、リビングで一人で酒を飲んでいても、全然美味しく感じられないようになって。以前は妻が台所で食器を洗うカチャカチャという音を背中で聞きながら飲んでいました。それが『うるさいな』と思うことすらあったのに、その音がなくなった途端、『この先、ずっと1人になったらどうしよう』『もしこのまま死んだら、誰か見つけてくれるのだろうか』と不安になって」

 

美智子さんが実家に戻って1週間もしないうちに、佐々木さんは謝罪のLINEを送りました。しかし、既読はつくものの返信はありません。会社でも集中力を欠き、部下のミスを激しく叱責したあとに「俺は一体、何をやっているんだ」とトイレの個室で頭を抱えたそうです。そしてその夜、早めに仕事を切り上げて義実家へ。美智子さんにひたすら謝罪しました。

 

「今回のことで、いかに自分が無力か思い知らされました。私は外で金を稼いでいる、家族を支えているという自負があった。妻に対し『稼げないのに偉そうに』などと、どこか見下してさえいた。しかし、妻がいないと何もできない、支える家族がいないと意味がないことが身に沁みました」