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早くもらうか、遅くもらうか…正解はひとつではない
一方の誠さんは、大手企業に勤めた元サラリーマンです。65歳で定年を迎えたあとも、再雇用制度を利用して、最終的に70歳まで勤務しました。その間は収入があったため、年金は受け取らず、繰下げによって42％増となる月21万円を70歳から受け取っています。金額面では確かに「得」になった誠さんですが、70歳を過ぎた今、毎週のように病院に通う生活となり、「もっと元気なうちに年金を受け取って、妻と旅行にいったり、趣味を楽しんだりしておけばよかった」と語ります。
年金の繰下げ受給は、制度上は長生きするほど得をする設計ですが、健康寿命とのバランスが重要です。誠さんは「給与収入がなくなったあとは、年金収入だけがすべて。だから『年金受取額を増やしたい』という思いが強かったが、体が元気なうちに日々を楽しむという発想が抜けていた」と、今になって実感しているといいます。
厚生労働省『令和4年度 年金制度基礎調査』によると、年金受給者3,421万人のうち、繰上げ受給を選択した人は327万人で全体の9.6％。また、繰下げ受給を選択した人は70万人で全体の2.1％。繰上げ受給を選択している人のほうが多いのが実情です。
繰上げ受給を選んだ理由――トップは「年金を繰り上げないと生活できなかったため」。「生活の足しにしたかったため」「減額されても早く受給するほうが得だったため」と続きます。一方で、繰下げ受給を選んだ理由――トップは「年金額が思っていたよりも少なく、増やしたかったため」。「終身で受け取れる年金額を増やしたかったため」「自分自身に十分な収入があったため」と続きます。
減額されても繰上げを選択するか、65歳から受け取るか、増額を期待して繰下げを選択するか。年金の受け取り方の最適解は個人によって異なります。貯蓄状況、健康状態、家族構成、働き方――実に多くの要因に左右されます。持ち家か賃貸か、扶養家族がいるかいないかによっても、老後の支出バランスは大きく変わってきます。
年金の受給額を増やすことは重要です。しかし、それ以上に考えたいのが、「そのお金をどのように使うか」、あるいは「どれだけ安心して暮らせるか」。誠さんのように増額を追い求めたものの、実際には十分に活用できなかったという例もあれば、啓さんのように早期に受給することで精神的安定を得られたというケースもあります。
人生100年時代においては、制度だけでなく、自身の生活スタイルや価値観に基づいた判断が求められます。公的年金は重要な生活基盤ですが、すべてを委ねるのではなく、受給時期や働き方、さらには健康管理までも含めた「生き方の設計」が必要といえるでしょう。
［参考資料］
厚生労働省『令和4年度 年金制度基礎調査』
