老齢年金は原則65歳から受給開始となりますが、60歳から75歳の間で受け取り開始時期を選択できます。早く受け取り開始となれば減額、遅く受け取り開始となれば増額となりますが、損得の計算だけでは語りきれない選択がそこにはあります。
繰上げで〈年金月10万円→7万円に減額〉でも喜ぶ69歳弟と、繰下げで〈年金月15万円→月21万円に増額〉でも悔やむ72歳兄の決定的な差 (※写真はイメージです/PIXTA)

減額された年金…それでも生活に安心感が生まれた

松本誠さん(仮名・72歳)と弟の啓さん(仮名・69歳)は、老後の年金受給において対照的な選択をしました。兄の誠さんは、年金を70歳まで繰下げて受給額を増やしました。一方で、弟の啓さんは60歳からの繰上げ受給を選択し、本来よりも少ない金額で受け取りを開始しました。年金制度では、受給開始年齢を早めれば減額、遅らせれば増額となります。ですが、この増減だけで語ることのできない現実があります。

 

啓さんは30代で独立。自営業者として長年働いてきました。年金の見込み額は65歳からであれば、サラリーマン時代の厚生年金と合わせて月10万円程度。しかし60歳での繰上げ受給を選び、30%減。結果的に月額は7万円に減額されました。それでも「自営業だと、常に生活不安がつきまとう。早く年金をもらえたことで、安心して生活できた」と話します。

 

*昭和37年4月1日以前生まれの減額率は、0.5%(最大30%)。現在は0.4%(最大24%)

 

総務省『家計調査 家計収支編(2024年平均)』によると、高齢夫婦無職世帯の実収入は25万2,818円。それに対し、啓さんは夫婦で月15万円ほどを受け取っています。年金だけでは世帯収入の平均を下回りますが、それでも「不安定な自営業の生活から、年金が定期的に入るという安心感に変わったことが大きかった」といいます。生活の規模を収入に合わせることは簡単ではありませんが、見通しが立つという点で、繰上げ受給は啓さんにとって合理的な選択だったといえるでしょう。

 

現在でも現役で働く啓さん。今でも月によって収入にはバラツキがあるといいます。それでも「年金を受け取り始めた60歳以降のほうが、安心して仕事に打ち込めるようになった」と笑顔を浮かべます。