「義母とは他人」…死後離婚を選んだ理由
九州に移ってから3週間後、愛さんは「姻族関係終了届」、いわゆる「死後離婚」の手続きを行いました。これは、戸籍上の配偶者が死亡した場合に、配偶者の親族との関係を法的に終了できる制度です。
愛さんは、このことを裕子さんに事前に伝えませんでした。「今さら相談しても、気まずくなるだけ。お義母さんは所詮他人。十分に礼儀は尽くした」と判断したのです。死後離婚には裕子さんの同意は不要です。届出人が一方的に手続きを行うことができ、受理されれば法的に姻族関係は終了します。
裕子さんがその事実を知ったのは、4ヵ月ほど経ってからのことでした。たまたま戸籍謄本を取り寄せる機会があり、そこで愛さんとの法的な関係がすでに解消されていることを知ったのです。「義母を憎んでいるわけではありません。ただ、お互いに気を遣うことをやめたかっただけです」と愛さんは説明します。裕子さんは驚きとともに、「突然、他人にされたような気持ちだった」と語りました。
死後離婚は、近年増加傾向にある手続きのひとつです。法務省のデータによれば、姻族関係終了届の提出件数は2019年に約3,500件、2020年に約4,000件、2021年には約4,500件、2022年には5,000件を超えています。この背景には、相続問題や介護問題が深く関わっています。特に、配偶者の親との関係が複雑化する中で、法的に縁を切ることで精神的な負担を軽減したいと考える人が増えていることが影響していると考えられます。
さらに株式会社アイベックが2023年に行った調査によれば、「結婚を後悔している」と答えた既婚者は全体の約50.2%にのぼりました。その主な理由として、「価値観の違い」(58.2%)、「パートナーの親との関係」(38.3%)などが挙げられています。この調査結果からも、婚姻関係だけでなく、家族や親族との距離感に悩む人が多いことが見て取れます。
愛さんにとって、夫である学さんとの結婚生活は「いいことも、悪いこともあった」と言います。また、義母である裕子さんについても、「娘にとって大切な祖母であることに変わりはない」としつつ、法的な関係を続けることは大きな負担だったと語りました。
かつては、「夫婦は一体、親族とは一生の付き合い」という価値観が一般的でした。しかし現代では、家族の形も、つながり方も多様化しています。死後離婚という制度は、その変化に対応するひとつの選択肢といえるでしょう。
愛さんは現在、九州の実家近くでパート勤務を始め、娘と穏やかな日常を取り戻しつつあります。義母との法的な関係は解消しましたが、祖父母と孫としての交流、年賀状のやり取りは続けており、「最低限の礼儀は守りたい」と話しています。
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