(写真はイメージです/PIXTA)
医療・介護の最前線とは
3.医療・介護における「地域の実情」に応じた体制整備
近年の傾向として、筆者の関心事である医療・介護の領域では「地域の実情」に応じた体制整備の必要性が盛んに強調されています。元々、厚生省(現厚生労働省)の直轄部門は脆弱であり、医療や福祉の事務執行は自治体に委ねられていました2。
さらに、近年は病床再編などを目指す「地域医療構想」に加えて、医師確保・偏在是正、身近な病気に対応する「かかりつけ医機能」の強化、新興感染症対策、介護予防、認知症施策、生活困窮者自立支援、分野・制度にとらわれずに支援する「重層的支援体制整備事業」などについて、地域ごとに体制整備に努めることが期待されている形です3。
直近の動きとしては、2024年12月に示された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会意見書でも「地域の実情」という言葉が20回以上も登場しています。この意見書では、地域医療構想が2025年に期限切れを迎えるのを前に、生産年齢人口が大きく減少する「2040年」をターゲットに据えたポスト地域医療構想を進める方針のほか、外来や在宅医療、医師確保、精神障害への対応など様々な論点が網羅されました。
その際、策定主体となる都道府県が地元医師会や市町村などと連携しつつ、切れ目のない医療・介護提供体制の構築を図ることが強く意識されました。
確かに高齢者や専門職、医療機関や介護事業所の数は地域ごとに違いますし、住民の支え合いの力なども一様ではないため、自治体が主体的に対応することは欠かせないと思います。この発想については、身近な自治体に権限を多く委ねることで、住民参加の下で制度を運用することを重視する「補完性の原理」(principle of subsidiarity)という原則とも一致しています。
2 厚生省の事務が分権的な構造を有している歴史的な背景などに関しては、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
3 医療・介護改革で「地域の実情」という言葉が多用されている様子や論点などについては、2023年3月の第1回から2024年12月の第6回まで拙稿コラムで取り上げた。このうち、地域医療構想の概要や論点、経緯については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。医師偏在是正に関しては、2024年11月11日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。かかりつけ医機能の強化に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。新興感染症対策の内容は2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
4.分権を望まなかった分野なのに…
その半面、今の現象について、筆者は少し皮肉な構図と思っています4。これまで医療・介護行政の責任拡大に関して、自治体は消極的だったためです。
たとえば、三位一体改革に際して、全国知事会など地方六団体は子育て支援や教育に関わる補助金廃止と税源移譲を積極的に求めたのに対し、医療や介護の責任拡大には消極的な態度にとどまっていました。特に紛糾したのが国民健康保険(以下、国保)に関する新たな都道府県負担で、国は医療費に関わる定率補助の一部を都道府県に「移譲」する案を示しました。
ただ、これでは都道府県の自主性が高まらないため、全国知事会は強く反対。それでも国保を運営する市町村は都道府県の負担強化を歓迎したことで、最後は都道府県の財政負担が拡大されました。
さらに、2006年改革を通じて、都道府県は医療費の抑制目標と実現策を掲げる「医療費適正化計画」の策定などを義務付けられたものの、この時も積極的だったとは言えず、当時の新聞では44道府県知事が「反対」の意見を持っていたと伝えられています5。
そもそも介護保険が2000年度に創設された際、保険者(保険制度の運営者)を市町村に委ねたことで、当時は「地方分権の試金石」などと喧伝されていた6ものの、当の市町村では「(筆者注;全国町村会は)心の底からこれに賛意を表したことは一回もなかった」7との声が公然と示されていました。
以上のような経過を踏まえると、医療・介護で自治体サイドは一貫して権限や財源の移譲を望んでいなかったのに、近年の制度改正では自治体の自主性が求められていることになります。これは皮肉な状況と言えるのではないでしょうか8。
ただ、医療・福祉に関する自治体の権限強化の流れを振り返ると、市町村に老人福祉計画の策定を促した1990年施行の「福祉八法」制定9に始まり、保健所を改組した1994年の地域保健法制定10、住民の支え合いなどを規定する「地域福祉計画」の策定を促した2000年の社会福祉法制定など、様々な制度改正が積み上げられており、分権の流れは一貫していると言えます。
4 この点については、2020年1月7日拙稿「医療と介護の国・地方関係を巡る2つの逆説」でも述べた。
5 医療費適正化計画は保健指導の強化などを通じて、医療費を抑えることを目的に、都道府県が6年周期で作っている。2023年通常国会では、内容の充実が図られる制度改正が実施された。詳細は2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。当時の記事については、2005年11月20日『朝日新聞』を参照。
6 地方分権の試金石と言われた経緯や背景は介護保険20年を期した拙稿コラムの第14回、第15回を参照。
7 全国町村会編(2002)『全国町村会八十年史』全国町村会 pp10-11。
8 ただし、三位一体改革で自治体が移譲を望んだ子育て分野でも、2012年の子ども・子育て支援法制定を境に、市町村の権限を強化する流れが強まっている。
9 老人保健法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法、社会福祉法、社会福祉・医療事業団法を指す。
10 この時の改正では、住民に身近な事務は市町村の保健センターに移譲された。2024年1月9日拙稿「地域保健法から30年で考える保健所の役割」を参照。