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自治体機能の危機に分権改革の壁…国に求められるのは?
4.自治体の機能低下
さらに、人口減少が著しい市町村の「実情」を踏まえると、「分権の限界」を一層、感じます。具体的には、財政難や人口減少で思うように職員が確保できず、市町村の事務に支障が出ている点です。
たとえば、新潟県の離島では深刻な職員不足に伴って、行政運営に支障が出ているとして、県内の他の自治体から職員を受け入れる事態が起きています15。青森県内でも14町村の専門職試験で応募者がゼロだったと伝えられています16。何よりも筆者の関心事である医療・介護領域では、保険料の算定ミスなどの事務負担が多く起きており、規模の大きな政令市や中核市でさえ、例外ではない状況です。
言い換えると、権限移譲や国の制度改正に自治体が追い付けていないと言えます。しかも、これから人口減少が一層、進むことを考えると、上記の状況は恐らく一層、深刻化すると思われます。
15 2023年5月2日『新潟日報』を参照。
16 2024年3月25日『東奥日報』。
5.分権への熱は冷めた?
以上のような自治体の苦悩は分権改革に対する態度に現れているように思います。25年前の地方分権一括法や約20年前の三位一体改革の時には、地方六団体が地方分権を活発に提唱したほか、一部の首長が国に異議を申し立てる場面が多々ありました。メディアでも分権を「善」と位置付ける一方、権限移譲や補助金の廃止に反対する中央省庁を「抵抗勢力」と見なす傾向が見受けられました。
ただ、今は当時の熱気を感じる機会はほとんどありません。たとえば、国と自治体が対等な立場で重要施策を議論する場として、民主党政権期に発足した「国と地方の協議の場」は完全に形骸化しています。これは国から首相や官房長官、関係閣僚、地方側から全国知事会など地方六団体のトップが一堂に会する会議で、2009年に制度化された仕組みです。
当時、筆者は記者として制度化の過程をウオッチしており、地方側は「分権改革を国にダイレクトに促す経路」と強く期待していたことを記憶していますが、近年は分権改革など大所高所に立った議論ではなく、個別の制度改正を訴える「陳情の場」になっている印象を強く受けます。
さらに、昨年の通常国会で成立した改正地方自治法では、感染症の大流行などの際、国が自治体に必要な対応を指示できる特例が盛り込まれました。これについても、本来であれば自治体から「自治や分権の危機」という声が出ても良かったのですが、散発的な動きにとどまりました。
こうした現象が生まれている理由として、20年以上の歳月を経る中、首長や職員の世代交代が進んだ上、制度改正を強く後押しした研究者も鬼籍に入り、当時の熱気が引き継がれにくくなっている面がありそうです。
さらに、既述した自治体の財政難、人材不足の影響も考えられます。具体的には、自治体の行財政運営に余裕がなくなったことで、分権に繋がる制度改革よりも、目先の問題に対する関心が高まっている印象を受けます。誤解を恐れずに言うと、三位一体改革が交付税カットを招いたほか、権限を移譲されても定員や財源が増えるわけでないので、「分権なんて懲り懲り」「そんな高尚な議論よりも、目先のカネが欲しい」という機運が広がっているように見えます。
以上のように考えると、厚生労働省が医療・介護分野で「地域の実情」に応じた体制整備を進めようとしても、片想いにならないか心配になります。特に、国の議論では「制度をどう改革するか?」という議論が先行しますが、「地域の実情の実情」を踏まえつつ、「新しい制度の下、自治体でどう円滑に運用してもらうか?」という視点も持たなければ、絵に描いた餅になる危険性があります17。
では、今後はどんな選択肢が考えられるのでしょうか。以下、現場の運用改善に加えて、制度改正の選択肢も検討したいと思います。
17 この考え方を「作動学」と呼ぶ議論もある。牧原出(2018)『崩れる政治を立て直す』講談社現代新書pp30-35を参照。