
人生会議(ACP)とは
人生会議(ACP)が必要とされる背景
政府統計1によると、令和5年(2023年)における日本の総人口は1億2,435万人と前年に比べて59万5千人(▲0.48%)の減少となり、平成20年(2008年)の1億2,808万人をピークとして13年連続して人口減少が続いている。その主な理由は、少子高齢化による出生数と死亡者数の差による自然増減によるものだが、2023年の出生数が72万7千人に対して、死亡者数は過去最高の157万5千人となった。死亡者数の増加原因は当然のことながら高齢者数の増加によるものであり、この傾向はピークとなる2040年には、約170万人に達すると推定されている([図表1])。
このように、今後もますます死亡者数が増加するにあたり、人生をどこで最期を迎えるのか、看取り先の確保を整備する必要に迫られている。
先ず、現在における死亡場所を確認してみると、病院・診療所が約66%と圧倒的に多く、続いて自宅が約17%、老人ホームが約11%となっているが、近年では自宅、老人ホームが増加傾向にあるようだ([図表2])。
一方で、「病気で治る見込みがなく、およそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至ると考えたとき、最後をどこで迎えたいか?」という質問2をしたところ、一番多かったのは自宅で43.8%、続いて医療機関が41.6%、そして介護施設が10%となっており、病状や家族等の介護態勢による事情はあるとは思われるが、最期は自宅で過ごしたいと希望する本人の思いと現実には大きな乖離があることがわかる。
このような課題を踏まえて、政府では高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)の構築を進めてきており、そのなかで自宅や介護施設などにおける看取りが増加することへの対応も進めている。
令和3年度介護報酬改定では、看取り期の本人・家族との十分な話し合いや医療・介護関係者との連携を一層充実させるために、厚生労働省は看取り介護加算への対応と合わせて、医療・介護機関に対しては「人生の最終段階3における医療・ケアの決定プロセスにおけるガイドライン」に沿った対応を求める取扱いとしている。
1 総務省統計局 人口推計(2023年10月1日現在)https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2023np/index.html
2 厚生労働省「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査の結果について(報告)」
3 厚生労働省は、2015年に最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目した医療を目指すことが重要であるとの考え方から、従来「終末期医療」と表記していたものを「人生の最終段階における医療」へ変更。
「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスにおけるガイドライン」とは
それでは、人生会議(ACP)を進めるにあたり、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスにおけるガイドライン」(以下、ガイドライン)では、どのような対応を求めているのかを確認してみよう。ガイドラインは、2007年に制定されたが、2018年改訂では、看取りへの対応として、近年、英米諸外国を中心に研究・取り組みが行われているACPの概念を盛り込むとともに、地域包括ケアシステムの構築にも対応したものとして改訂が行われた。
とりわけ、当改訂では、(1)本人の意思は変化し得るものであることから医療・ケアの方針についての話し合いは繰り返すことが重要であること、(2)本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることを踏まえて、家族等の本人の意思を推定しうる信頼できる者を予め定めて、繰り返し話し合い、その内容をその都度、文書にまとめて本人、家族等と医療・ケアチームで共有することが重要、であることを記載している。
では、人生の最終段階における医療への対応として、具体的にどのように対応されることを想定しているのであろうか。ガイドラインでは、先ずは「医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて医療・ケアを受ける本人が多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療・ケアチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本としたうえで医療・ケアを進めることが最も重要な原則」としている。そして、本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人の意思が尊重されるよう医療・ケアチームと繰り返し話し合いを行うことの重要性にも言及している。
さらに、ガイドラインでは、具体的な場面を想定して、(1)本人の意思が確認できる場合、(2)本人の意思が確認できない場合、さらには家族等の信頼できる人がいる場合といない場合、における医療・ケアの方針の決定手続きをケース分けして示している([図表4])。
それぞれのケースにおける方針決定の手続きを確認すると、(1)本人の意思の確認ができる場合は、原則通りに先ずは医師等の医療従事者から適切な医療の情報の提供と説明を受けたうえで、本人と医療・ケアチームとの合意形成に向けた話し合いを踏まえ、本人による意思決定を基本とし、医療・ケアチームとして方針の決定を行う。また、本人が意思を伝えられない状態になる可能性もあるので、家族等を含めて繰り返し話し合いを行う。
一方、(2)本人の意思の確認ができない場合は、(2)-①家族等が本人の意思を推定できる場合は、その推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとることを基本とするが、(2)-②家族等が本人の意思を推定できない場合は、本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとっての最善の方針が決定される。更に、(2)-③家族等がいない、家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、本人にとっての最善の方針が医療・ケアチームで決定される。
なお、医療・ケアの内容の決定が困難な場合や、本人と医療・ケアチームとの話し合いで合意形成ができない場合は、複数の専門家で構成する話し合いの場を別途設置し、方針の検討や助言が行われることとなっている。
このように、ガイドラインでは、本人、家族等と医療・ケアチームが丁寧な話し合いを通じて、最期まで本人の希望する生き方を実現できるような合意のプロセス組み込まれているといえる。
人生会議(ACP)の効用について
以上の通り、医療・ケア従事者の視点から、ガイドラインに沿ってACPの取り扱いについて説明をしたが、今度は医療・ケアを受ける側の視点でACPの効用を確認してみよう。
やはり、自身の最期の段階をイメージすることにより、最期はどこで、どのように生き、そしてそれを実現させるために誰にそのサポートをしてもらうのか、自身の生き方、価値観を前もって整理することができることだろう。そして、自身の価値観を家族等の信頼できる人と医療・介護従事者との繰り返し行う話し合うプロセス(ACP)を通じて、在宅で受けられる医療・介護サービスや本人や家族が管理できる治療方法についての理解が深まり、在宅を含めた治療における選択肢の拡大に繋がることも大きな利点といえる。
さらには、このプロセスにより、本人の意向が尊重された医療・ケアが実践されることで、本人だけではなく、残される家族にとっても、医療・ケアに対する肯定感が高まり、本人が亡くなった場合も残された遺族の喪失感を癒すグリーフケアにも効果が期待される。