うちの会社、いくらで売却できる?オーナー経営者が「好条件」でM&Aするための“株式評価手法”【専門家が解説】

うちの会社、いくらで売却できる?オーナー経営者が「好条件」でM&Aするための“株式評価手法”【専門家が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

中小企業M&Aで買い手から「より良い条件」を勝ち取るには、どうすればよいのでしょうか。本稿では、オーナー経営者が検討すべき「株式評価手法」について見ていきましょう。作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)が解説します。

M&A業者が使う株式評価手法を理解する

M&A業者のホームページでは、無料で活用できる株式価値の簡易試算ツールなどが提供されています。これを使って自社の株式価値を簡易で試算したことがあるという方も多いのではないでしょうか。しかし、その大半の株式価値試算ツールでは、具体的な計算手法が明かされておらず、オーナー経営者からしてみればどういうロジックで計算された結果であるのかがわからず、納得感を得がたいものになっています。

 

そこで今回はまず、中小M&A業界で一般的に使われている株式評価手法について解説します。次に、そうした評価手法の問題点を指摘するとともに、オーナー経営者がより良い条件を買い手から勝ち取るために検討すべき株式評価手法について解説します。

M&A仲介業界で広く採用される簡便法 ~年倍法(年買法)~

M&A仲介業界では、年倍法(年買法)といわれる株式評価手法が広く採用されています。年倍法とは、営業利益(またはその他利益指標)の数年分に純資産を加算して株式価値を計算する簡便法です。M&A業者のホームページで提供されている多くの無料株価試算ツールもこの年倍法によるものです。

 

【年倍法に基づく株式価値 = 営業利益の数年分 + 時価修正純資産】

 

このように計算式が非常に簡単で理解がしやすい計算方法であることが、M&A仲介業界で広く使われている背景です。一方で、計算式の根拠が乏しく、実際に買い手が意思決定を行う際に採用する株式評価手法と異なるという大きな問題点があります。営業利益の過去実績が採用されるケースも多く、また、営業利益に乗ずる年数が業界ごとに相場が固定的に決まっており、成長企業ほど評価が低くなってしまうといった問題点も孕んでいます。

 

M&A仲介サービスにおいては、この何ら論拠もなく、買い手の評価手法でもない年倍法で試算した株式評価レポートが売り手・買い手の双方に開示され、実質的に交渉の出発点として大きな意味を持ってしまっているケースが散見されます。こうしたアプローチは、正当な価値で事業売却を実現することを遠ざけるものであり、オーナー経営者としては避けるべきところです。当然、顧客の利益追求を役割とするFAサービスにおいては、年倍法はまず採用されることはありません。

 

それでは、買い手が実際に意思決定に際して参照する株価とはどういった手法で算定されるものなのでしょう。次に見ていきたいと思います。

買い手の株式評価手法 ~マルチプル法(類似企業比較法)~

類似会社比較法は、マーケットアプローチという市場を参照する評価手法のひとつで、マルチプル法といわれることもあります。具体的には、評価を行う対象企業の類似会社にあたる上場会社の市場株価(時価総額)と、営業利益やEBITDA、純資産といった財務指標から算出された倍率(マルチプル)を評価対象会社に適用することで、事業価値を算出する方法です。

 

式にして簡単にすると算定は以下のようになります。ここでは中小企業M&Aでよく採用される、EBITDAを財務指標に採用しています。

 

【評価対象会社の事業価値 = 類似会社のEBITDAマルチプル × 評価対象会社のEBITDA】

(類似会社のEBITDAマルチプル =〔上場類似会社の企業価値(時価総額に純有利子負債等を加味したもの)〕/〔上場類似会社のEBITDA〕)

 

●評価対象会社のEBITDAの算定

EBITDA(イービットディーエー/イービットダー)は「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略です。日本語だと「利払い前、税引き前、減価償却前、その他償却前利益」といった意味になります。損益計算書からEBITDAを簡単に計算する場合、以下の計算式で試算するとよいでしょう。

 

【EBITDA = 営業利益 + 減価償却費】

 

オーナー企業では、オーナーの高額な役員報酬や、事業と関連性の低い交際費支出などのいわゆるオーナーコスト(営業損益の計算に含まれているもののみ)を加算し、譲渡後の事業の収益性を表現する調整を加えます。この場合、算式は以下のようになります。

 

【調整後EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + オーナーコスト】

 

●類似会社の選定

EBITDAマルチプルを使って事業価値を算定する場合、上場する類似会社をどのように選択するかによって算定結果は大きく依存します。

 

類似企業の選定は、評価対象企業と同じ業界・業種の上場企業はもちろん、ビジネスモデル、収益構造、取り扱う商材、顧客層などの類似性から検討するケースもあります。あまりにも規模が大きな企業や、マルチプルの算出に用いる利益指標がマイナスである会社や、算出されたマルチプルが異常値と考えられる会社を類似会社から除外するケースもあります。

 

(参考)類似取引比較法

なお、マーケットアプローチには、類似会社比較法のほか、類似するM&Aによる取引事例を用いた類似取引比較法という方法が存在します。しかし、参照する過去の取引における対象会社が非上場である場合、入手可能な財務数値が限定的であるため、同方法が中小企業のM&Aで利用されることは少ないのが現状です。ここでは説明を割愛します。

 

●株式価値の算定

以上で算定した事業価値を用いて、以下の計算式で株式価値を算定します。

 

【事業価値 + 非事業資産 - 純有利子負債 = 株式価値】

 

非事業資産の価値算定はシンプルで、投資用・遊休の不動産、投資有価証券など、本業と関連性がなく換金性のある資産の時価を採用します。

 

なお、事業価値と非事業資産を合算したものを「企業価値」といいます。

 

純有利子負債は、外部の第三者に対する借入金、社債の残高から現金預金残高を控除した純額と考えてください。例えば、金融機関に対する借入残高が3億円、現金預金残高が1億円だった場合、【3億円-1億円=2億円】が純有利子負債となります。

 

●流動性ディスカウント

ここまでで上場する類似会社の株価を起点として、対象会社の株価が算定できました。ここでひとつ注意したいのが、非上場会社は上場会社のような株式の流動性がないため、一定の割引評価がなされる場合があるという点です。これを流動性ディスカウントといい、具体的には上場会社の株価に基づき算出されるマルチプルに対して20~30%の割引が行われます。

 

このほかに、コントロールプレミアム、小規模ディスカウント等が加味されることがあります(今回は詳細を割愛します)。

中小M&Aにおけるマルチプル法の課題

ここまで見てきたマルチプル法は、計算方法がシンプルでわかりやすいという利点がある一方で、算定において採用する類似企業の選定が難しいという課題があります。そのため、試算結果はあくまでも参考値として利用するのがよいでしょう。業界やビジネスの十分な理解がなければ、まったく類似といえないビジネスモデルの企業などを採用してしまい、試算結果も意味がないものになってしまいがちです。

 

最近では、FAはもちろんのこと仲介会社においてもマルチプル法が採用される場合があるようですが、中小企業のM&Aを支援する業者においては類似企業の選定をしっかり行える人材が少なく、計算のクオリティに疑問が残るケースが少なくありません。

ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法

営業資産が生み出す将来キャッシュ・フローを評価の基礎とする方法を、インカム・アプローチといいます。買い手が意思決定を行う際にも採用する代表的なインカム・アプローチがディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法といわれるもので、将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いて事業価値を試算します(非常に専門的な内容になるので、本稿では詳細を割愛します。DCF法に関する専門書はたくさん出ていますので、関心のある方はそちらをご参照ください)。

 

DCF法は理論的に優れた方法ではあるものの、将来キャッシュ・フローの見積もりや割引率の計算は非常に難易度が高く、経験を積んだ専門家でないと試算が困難であるというデメリットがあります。初見のユーザーにとって理解しづらいというのも大きな欠点といえます。M&A仲介サービスにおいてDCF法はほとんど採用されていません。

 

一方、顧客の利益追求を役割とするFAサービスにおいては、売却対象事業の将来性を買い手の評価にしっかり織り込んでいきたいケースなどでDCFの採用を検討することがあります。キャッシュ・フローの見積もりにあたっては、精緻な事業計画があることが前提となりますが、多くの中小企業においてはそうした計画が存在しません。DCFを採用する場合にはFAが事業計画の策定から顧客を支援することになります。以下、当社の直近の支援案件においてDCF法を活用した事例を紹介します。

 

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〈A社のケース〉

専門小売企業であるA社のオーナーは80歳を迎え、事業承継を検討していました。

 

対象事業はコロナ影響から回復しきっておらず、直近の業績は赤字でした。一方で商品ブランド価値や商品開発力など高く評価されるものを持っていました。A社オーナーとしては、収益性を改善させ、事業をさらに発展させるために資本力のある大手企業への参加入りが有力な選択肢と考えていました。

 

そこで当社は、こうした強みを訴求した成長ストーリー、事業計画の策定をご提案。対象事業が持つ将来性をしっかり買い手に評価してもらえるような準備を整えたうえで買い手へアプローチを進めることとしました。事業計画においては、A社が本来有する商品ブランド価値や商品開発力を生かした今後数年間の具体的な施策と、それによる収益改善を数値に落とし込むことで、対象会社の価値をアピールしました。

 

最終的には、限定オークションを通じて買い手の競争環境を醸成し、希望する価格での譲渡を実現することができました。オークションの威力はもちろんですが、本件においては買い手に対象事業の価値を訴求するための下準備を徹底したことが成功をもたらした事例といえます。

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価格は最終的に買い手との取引で決まる

本稿で見てきたとおり、株式価値評価手法にはいくつかパターンがあります。そのなかでも、仲介サービスで広く活用されている年倍法は論拠に乏しく、買い手が行う価値評価手法とも異なるという大きな問題があるということをお伝えしました。

 

本稿においてはマルチプル法、DCF法といった買い手が採用する株式価値評価手法も紹介しましたが、価格は最終的に市場が決めるということ、つまり買い手との取引で決まるということは覚えておきましょう。

 

買い手からより良い条件を勝ち取るためには、買い手候補企業の間の競争環境を醸成し、良い条件を提案してもらえるかがポイントです。A社のケースで見てきたように、買い手に対する戦略的な情報開示も重要です。事業売却を成功に導くためには、売り手オーナーのメリットを考えて売却活動を支援してくれるFAを起用することが有効な選択肢となることは覚えておいてもらえればと思います。

 

 

作田 隆吉

オーナーズ株式会社 代表取締役社長

 

本稿執筆者登壇!>>1/13配信
事業譲渡「失敗」の法則
M&A仲介会社に任せてはいけない理由

 

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