自分を実際より大きく見せようとするから緊張する
人間は、何かをしようとする時、それがパーフェクトに成功する様子、格好良く決まった姿を「理想」として抱きます。多くの人を前に、リラックスしてスラスラと話している自分、その場の全員が自分を見て、一言一句に耳を傾け、感心して頷き、心から拍手する――そうした理想を抱くことは、それ自体、目標として意識する分には大きな励みにもなるでしょう。
しかし、理想というのは簡単に実現しないからこそ、目標となるもの。
そこへ到達するために、まずは多くを学び、経験を積み、理想の実現を見据えて、歩を進めていかなければなりません。それを忘れて、一足飛びに理想を実現しようとする時、私たちは現実とのギャップに否応なく直面し、心配や不安、自己嫌悪に駆られるのだと思います。
自分を自分以上に見せようとするから緊張する、というのはそういうことです。
人間は、自分以上には決してなれない。でも、自分以下になる必要も無い。にもかかわらず、自分で自分を金縛り状態にすることによって、自分以下になり、実力さえ出しきれないために、後悔が残ってしまうのではないでしょうか。
その、当たり前の点に気づき、受け入れることができれば、気持ちは一気に楽になります。であれば、無理に自分以上になろうとせず、まずは今の自分を出し切ることを第一に目指してみてはどうでしょう。話す仕事を始めて40年近くの私でも、「ああすれば良かった、こうすれば良かった」と後悔することが多くあり、100点満点は永遠に無いな、と思っています。ただ、そこに向かってどれだけ自分の今の力を出し切れるかが大事だと考えています。
皆さんの場合は、人前で話すことを仕事にしているわけではありませんから、いざ話し始めて、立て続けに噛んだり、つまずいたり、言葉が浮かばずに言い淀んだりしても、恥ずかしいことはひとつもありません。「すみません、もう一回最初からやります」でもいいですし、「言い間違えましたので、訂正してよろしいですか」でも大丈夫。上手くやろうと緊張したあげく、ちょっとしたミスで頭が真っ白になるより、訥々とでも過不足なく伝えることが大事です。
私も本番前はとても緊張します。でも、悩むのは本番前までにして、始まった瞬間から「なるようにしかならない」と割り切るようにしています。いざ、本番、相手に伝えたいことが伝わって、リアクションがあったと感じると、嬉しさがこみ上げて、どんどん乗っていく自分がいるのです。
ただし、今の自分をありのままというのは、成長しなくていいという意味ではありません。無理をしないことと、努力を放棄することは全く違います。
「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」とは、かの福沢諭吉の名言ですが、油断をすると明日の自分はすぐに今日の自分以下になってしまうもの。一歩、一歩でいいので前へ進んでいきましょう。